67話
「あぁ、ごめんごめん。私もプーランクが好きでね。弦楽奏者同士、シンパシーを感じたわけさ」
そう言いながら、手にした菊の花を、プーランクの墓石に供える。コトッ、と優しい音をたてた。切り花よりも、鉢植えが墓には好まれる。
「ビニェスやケクランといった人物達に、短期間レッスンを受けたとはいうが、やはり彼のなにものにも縛られない、自由気ままな作風はいいね。音を楽しんでいる」
そう思わない? と、女性はブランシュに言葉を投げかけた。
一瞬、強い風が吹き、ブランシュの髪が乱れる。が、気にせず、返してみる。
「え、えぇ……ですが、なぜ私が弦楽奏者だと思ったんですか?」
今日はヴァイオリンを持ってきていない。もしかしたら、モンフェルナ学園の誰か? とブランシュは思ったが、少し違和感がある。言語はフランス語ではあるが、少しの訛り。たぶん、初対面。
ふふっ、と女性は笑い、自身の首あたりを指差した。
「簡単だよ。顎の左下。少しアザになってるね。たぶん、鎖骨もじゃないかな? ヴァイオリンか、ヴィオラか。そこまではわかんないけど」
弾く時、顎と鎖骨付近でヴァイオリンを挟む。そのため、摩擦で首元にアザができてしまう人も多い。女性はそこを見抜き、ブランシュに声をかけた。まじまじとプーランクの墓を眺める、首元のアザのある人。ある程度は予想できる。
なかなかついてこないブランシュを心配し、ニコルが戻ってくる。あの子のことだから、変な男に声かけられたんじゃないか、と気になった。しかし、なにやら楽器のようなものを背負った女の人と話している。
「ん? どーしたの? 誰? 知り合い?」
女性とブランシュをニコルは交互に見る。少なくとも、学校では見かけたことはない。が、悪人のような気もしない。
女性はニコルと視線を合わせ、否定した。
「いや、今、知り合った。キミはお友達かな?」
「いーや、姉妹だけど、そのデカイの、なに?」
その、とニコルは女性の背負ったケースに注目する。似たような形のものは知っているが、だいぶ違いがある。もはや手で持って運ぶには適していない。
「見たことない? これはチェロだよ」
と女性は背負ったチェロケースを下ろし、開ける。中からはヴァイオリンの倍はあろうかというサイズの、鈍く光る木。四本の弦が張られ、重さは四キロ弱。さすがに顎と鎖骨で挟むには無理がある。
まじまじと近距離から観察するニコルは、感嘆の息を漏らす。
「はー、ブランシュのヴァイオリンと比べて、相当大きいね。で、何の用? ウチの姉は気弱だから、いきなりは遠慮したいねぇ」
かつて、その姉をいきなり警察に突き出そうとした人が、なにか言っている。ブランシュは遠い目でそのやりとりを見つめる。
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