66話
そのため、見知らぬ観光客同士で情報交換したり、そのまま一緒に酒を飲みに行く、などもよくあるのだ。
(地図によると、このへんにロッシーニの墓があるそうですが……)
墓地の入り口では、地図を無料で配布している。そこには主要な有名人の墓の位置が区画で記されており、お目当てのビゼーやエネスコは六六、七付近。その道すがらには、イタリアの作曲家ロッシーニの墓があるようだ。せっかくなので、花を供えたりはしないが、通りがかるだけ、通ってみたい。なんせあの有名な『セビリアの理髪店』の作曲家だ。初の作曲家の墓に、不謹慎ながら、ブランシュは心躍る。
「あれが、ロッシーニの墓……」
一際大きく鎮座し、建物の入り口のような外見をしているロッシーニの墓。赤褐色の扉の網目には多数の花が刺さっており、上部には大きく名前が書いてある。とはいえ、イタリア人の彼なので、この場所には亡骸はない。フィレンツェにすでに移されていて、今は主人のいない墓となっている。
その傍らでは、おそらくフランス人ではないであろう人々も多数おり、「ロッシーニ……」「おぉ、ロッシーニ……」と呟きながら写真を撮る。きっと、フィレンツェのサンタ・クローチェ教会でも同じことをやっているのだろう。
続いては、フランスの作曲家プーランクの墓も途中にあるらしい。先を行くニコルの背を追いかけながら、キョロキョロと辺りを見回す。するとロッシーニ同様、石造りの建物のような墓石で、扉は暗緑色。この時期、墓を建物のようにするのは流行っていたのだろうか? こちらは誰も今はいないようだが、扉にやはり花が刺さっている。大きさはさほどではないため、気づかない人もいるのではないだろうか。
「これがフランス六人組のプーランク……」
芸術家達と交流し、ルイ・デュレらと作曲家集団を作り上げた、希代の作曲家。軽快な楽しい音楽を追求。そしてなにより、驚くべきなのが——
「ほぼ独学で自身の音楽を創りあげた、エスプリの作曲家、だよね」
「!」
背後から、ブランシュの耳元で囁く声。反射的に振り向くと、長身の女性。否、彼女が長身なのではない、彼女が背負うものが大きい。そして、手にはピンクの菊の鉢植え。
「あの、なにか……?」
怯えるような表情で、ブランシュは防御の姿勢を取る。袋に入った菊の花が大きく揺れる。スリか? いや、だとしたら声などかけない。
鉢植えを持った女性が、一歩ブランシュに近づく。
ブックマーク、星などいつもありがとうございます!またぜひ読みに来ていただけると幸いです!




