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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
歩くような速さで。
6/369

6話

 そして、シングルノートとシングルノートが混じり合い、新しい香りが花開く。


(ローズの香りとベルガモットが混じり合って、優雅で華やかな香り、それでいて快活で少し苦味のある曲……)


 プロコフィエフ『ヴァイオリン協奏曲 第二番 ト短調六三』。緩急のついた曲目で、飽きのこないヴァイオリン協奏曲のレパートリー。哀愁のある第一楽章から始まり、華やかな第二楽章、暴風のようなロンドとなる第三楽章と、簡素な演奏形式の中に、カスタネットや大太鼓といった遊びも盛り込まれている。


 荒々しく跳ねるような躍動感、そしてピッチカートをラストに当てがいながら、突き抜けるように終わる。一瞬、世界が停止したかのような、なにか体から弾け飛んだような、ゼロの世界に戻ってくる。


「……ふぅ……やっぱり疲れますね……!」


 集中して弾ききった、火照る体に朝の冷たい風が心地よい。さらに、フランスのシンボルであるエッフェル塔が、「よく頑張りました」と言わんばかりに、優しく微笑んでくれた気がした。また明日から、頑張れそうな気がする。塞ぎ込んだら、セーヌ川のほとりのどこか橋の下で弾こう。


 ヴァイオリンをケースにしまい、その場から離れようとしたとき、パチパチ、という音をブランシュは聞いた。顔を上げてみると、ひとりの女性が柔らかい拍手をしてくれている。少し年上くらいか、背丈もある。サングラスもしており、パリジェンヌだ、となぜか感動した。目線を合わせてお礼を言う。


「あ……ありがとうございます、そんな、拍手なんて……」


 不敵な笑みを浮かべながら女性はブランシュに近づく。左手にはお札が一枚握られている。


「チップはどこに入れるの?」


 パフォーマーと間違われた、と考えたブランシュは、赤面しながら否定した。見られていることにも気づいていなかったので、驚きもある。


「そ、そんな、チップだなんて……私は受け取れるほど上手くありませんし……」


 モゴモゴと小さく、聞こえるか聞こえないかの絶妙な音量。演奏中、ヴァイオリニストはかなり体を動かすので、変な動きしてなかったかなど、色々と考え込んでしまった。


「そう? 綺麗な音色だったし……」


 そう言いながら女性は右手で握手を求めてきた。フランス、特にパリの観客は、いい演奏にはチップ以外にも握手や写真などを求めてくる人も多い。未来にもしかしたらこの人はスターになるかも、といった考えもあるのだろう。爪も綺麗に整えられた、白く細長い指だ。


 慌ててブランシュも握り返す。こういったことは初めてだったので、手を伸ばした瞬間、自身の手汗が気になったが、それよりも先に握り返された。


「チップは受け取らない?」


 女性は指でお札を挟んで、頬の紅潮するブランシュの前にチラつかせる。顔が近く、サングラスで詳しくは見れないが、笑顔であることはわかった。


「はい……恥ずかしいです……すみません……」


 少し俯き加減で照れる少女に対して、女性はサングラスを外してそれをまじまじと見る。うんうん、と目を閉じ唸りながら考え込み、次に目を開いた瞬間、


「……ま、いいか……」


「はい?」


 ボソッと呟いた女性の発言の意味がわからず、ブランシュは裏声で返してしまった。


「受け取らないってんなら」


 指で挟んでいたお札を握ると、女性はブランシュの小さな手の中に無理やり詰め込む。


「これは強奪された、ってことでいいんだよね?」


「え?」


 その瞬間、


「おーい! こいつ強盗だ! お金を奪われた! 警察を呼んでくれ! 至急だ!」

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