表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
自由な速さで。
57/369

57話

 ベートーヴェンのロマンス第二番。ロマンスといっても、愛についての曲ではなく、『自由な形式の、甘美で叙情的な曲』という意味で作られた曲。超絶技巧の曲というよりは、心に染み入るような、どこまでも遠く響いて包み込んでくれるかのような、優しい音色。


 フランスでは一〇月下旬からは二週間の休みに入る。いつもであれば日曜の早朝、人の多くない時間帯にどこかの橋の下で、気の向くままに演奏するだけだったブランシュ・カローにとって、この時期以降の朝の寒さは、ヴァイオリンの寿命を縮めることになる、と判断した。


 ヴァイオリンは木でできている。なので寒いと縮み、暑いと膨張する。それを繰り返すとヒビが入るなどの、何かしらの不具合が生じる。そのため、あまり温度変化を感じさせないように取り扱うのが正しい。しかし、音楽科ではないブランシュが趣味のヴァイオリンに興じるには、音楽科のホールは気持ちの敷居が高かった。


(ただの趣味でしかない私が、みなさんを差し置いて使用するなんて、もってのほかです)


 そう決めたからには、彼女は絶対にひとりでホールを使うことはしない。が、今は万聖節。みな、実家に帰っている。ということはホールを使う者はいないということ。ブランシュは故郷のグラースから出てきたばかりであるため、今年は帰るつもりはない。つまり使い放題ということ。


(この時期、この時期だけです)


 誰かに言い訳して、予約し使わせてもらう。一秒から二秒の反響が素晴らしいとされるホール。このホールは約一・八秒。素晴らしい反響だ。自身の腕が上がったように錯覚してしまう。甘美で叙情的な部分が、より強調される。誰もいないホールで、好きなように弾くだけ。上手くなろう、などは考えない。プロを目指しているわけではないから。だが。


(……ここは、こう弾くべきでしょうか)


 欲が出てしまう。上手くなるかどうかは、ただの結果。楽しく、誰からも縛られず弾いた結果の副産物にすぎない。にも関わらず、上手くなりたいと願う。


(私は……)


 悩みつつも時計を確認する。ホールには時計はない。腕時計を外してカバンに入れた。残り時間は七分ほど。気づかずに二時間も弾いていた。さすがに疲れた。


(私は……)


 もう一度、自分自身に問いかけてみる。自分自身以外にも問いかけてみる。誰か。しかし、誰も答えてはくれない。

続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ