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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
歩くような速さで。
55/369

55話

「い、いや、なにもそこまで……とりあえず、申請を出してもらえればいいからね。身分証と、ご家族の承認さえあれば……」


 なにか事情がありそうな雰囲気を悟り、慌てて寮長は止めにかかる。


「……身分証は……たぶん、ありません。やっぱり出ていきます、短い間でしたが、お世話になりました」


「あればここ住んでいいの? ほんじゃ、これ」


 時が止まる。


 ふと、廊下の方から、悪いことを考えていそうな声が聞こえた。コツコツとタイルを叩くショートブーツの音が近づいてくる。


「ごめんごめん、おばちゃん。出し忘れてたの思い出してさぁ。急いで取りに行ってきたのよ。それくらい許してよ。ねぇ?」


「……ニコルさん」


 初めて会った寮長に対しても、いつもの姿勢を崩さない彼女がそこにいる。ブランシュは呼吸が止まった。


 いきなり現れた女性に寮長もたじろぐ。肩に手を置かれ、紙を手渡された。初対面なのにいきなり距離が近い。


「ど、どちら様? 噂の妹さん? 編入届……ここの学生になるっていうこと?」


 編入届の写真と本人の顔を見比べて、確認を取る。間違いはない。正式に発行されたものである。裏面なども丁寧に確認するが、こちらも問題はない。


「言うのが遅くなった。ほら、身分証見て。『ニコル・カロー』、家族の承認もほら」


 ICチップの入った、カードサイズの身分証を女性に提示され、確認。寮長はやっとニンマリと笑う。なにやら騒いではいたが、気のせいだったと結論づける。


「……たしかに。だったら先に言ってくれればよかったのに、変な噂立っちゃってたわよ」


「だからごめんて。私から寮生には言っとくからさ、これからよろしく」


 肩に置かれていた手が離れ、女性から握手を求められる。快く寮長は応じた。


「寮長のステイシー・グローリーよ。ようこそ」


「ニコル・カロー。よろしく」


 その後、簡単に世間話をした後、寮長は帰っていった。残された二人は部屋の中へ。


「変わんないねーここは。いや、二日だし当たり前か」


「……いつ帰ってたんですか?」


 窓の方に体を向け、顔を伏せながらブランシュは尋ねる。


 思い返しながらニヤリとニコルは笑う。


「『妹なんです、本当に』くらいかな。まさかあのブランシュちゃんが、あんな悪びれることもなく嘘を言うとはねぇ」


 だったらもっと早く出てきてくださいよ、と言いかけてブランシュは言葉を飲み込む。言いたいことはこんなことじゃなくて。


「あなたのせいです。そもそも、その身分証とかどうしたんですか?」


 国が発行する身分登録証。つい先日新しいものになったが、手にしているのはその最新式だった。いやな予感はする。


 ニコルは悪い笑顔をブランシュに向ける。


「偽造に決まってんじゃん。これ作るのにちょっと手間取ってね。なんせちゃんと身分登録までしてきたから」


「それも偽造なんですよね。てことは、詳しく調べられない限りは、本当の姉妹になってるってことですか?」


 冷蔵庫を開けながら、「そうだよー」とニコルは軽く肯定する。


「なかなか手が込んでるでしょ。ブランシュの両親とかにバレなきゃ、しばらくは安泰よ。てかさぁ、なんか食べるものない? 冷蔵庫なにもないんだけど」


 それはあなたのせいです、と、ブランシュは言葉を飲み込む。


「……私はいいとは言ってないんですけど」


「もうなっちゃったから。許可とかないんだわ。てことでよろしく」


 ニコルは被っていたベレー帽をブランシュの頭に乗っける。まとめていた髪がほどけて顕になる。ほのかに香るシャンプーと香水の香り。


「…… 姉妹になったんですね……」


 本当は違うのに、ブランシュは言葉を飲み込んだ。


「……なんか感想は?」


 ブランシュの顎をくいっと上げて、初めて二人の目が合う。悪戯な目をしているニコルと、感情を押し殺して見つめるブランシュ。外から聞こえる鳥の声が、静止した部屋によく響く。


「もうなにが起きても、あなたなら驚きません。どうせまだ隠してることあるんでしょうけど」


 先に視線を外したら負け。そんなゲームを相手に言わずブランシュは始めた。もし勝てたら今日は上のベッドで寝よう。


「あるよ。そりゃそうでしょ。私のスリーサイズとか知りたいの?」


「いいです。興味ないです」


 先にニコルが武装を解いて目線を外し、ブランシュの顎から手を離す。この二日間でなにかあったのか、変化を感じる。答えを見つけたか。とりあえずエスプレッソマシンでも起動させようと台所へ。


「てかさ、出ていくってあのおばちゃんに言ってたけど、本気だったの?」


 マシンを起動させ、待っている間に気になった点を解決しておこうとニコルが問う。


 ベッドの下から木箱を取り出しながら、「まさか」と、ブランシュは笑う。


「あぁ言えば、甘く見てくれると思ってたんです」


 悪びれる様子もなく言い放つ。


 悪い子になったなぁ、と他人事のようにニコルはエスプレッソの出来上がりを待った。

続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。

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