53話
「やっと、やっとわかりました!」
部屋の扉を開けるなり、大きな声で彼女の名前を呼ぶ。自分でも予想より大音量で驚く。抑えきれない気持ちがプラスして乗っかったようだ。三人と別れたあと、午後の講義の鐘が鳴った気がするが、それよりも早く伝えたかった。玄関を越え、部屋に体当たりのように入っていく。
彼女が来てから、ブランシュの生活は大きく変わった。無色透明だった日々にべったりと色が塗られ、部屋の壁も、空けたままだったベッドも、いつの間にかなくなるお菓子も、彼女のいる日常が自分の日常になった。このまま青春を謳歌して、夜に外に出て守衛さんに怒られたり、講義をサボってお買い物したり、実家に一緒に行って香水工場を見学したり、きっとそんな思い出が作成されるのであろう。
「……まだ、帰ってきてないんですね」
水曜日の午後、彼女が先に戻って寝ると言って帰った後、すぐにブランシュも戻ったが、そこに姿はなく、制服だけがハンガーに掛けられていた。言うこととやることが違っている人だというのは、数日一緒にいただけでもわかっている。こんなことも今後あるのだろう。今後も。
「勝手に壁紙とか、変えないでほしいです」
『え、だって空いてるんだからいいじゃん。昔の女優のポスターとか貼るとオシャレじゃない? マリリン・モンローとか』
「部屋では落ち着きたいです」
『なら天井がプラネタリウムみたいになるやつ、あれ買おうよ。二人で上のベッドでさぁ』
きっとこんな会話になるのだろう。ブランシュは彼女の返しまで予想を立ててみる。まだ二日しかいなくなってから経っていない。だが、それでもいる日常が当たり前になっていた。静かな部屋が、なんとなく落ち着かない。彼女の持ち込んだ一〇の小瓶がゆらゆらと揺れている。
「私の部屋って、案外大きかったんですね」
数日前までは当たり前だった部屋の大きさも、半分になった数日間のほうが居心地が良かった。半分どころか七割は彼女が使っていた。残りの三割で自分は事足りていた。
「冷蔵庫、なにもなくなっちゃいました」
それでいて、作り置きの食事も、冷やしておいた飲み物も、いつの間にかなくなっている。あるのは調味料くらい。調味料も減っている。
「隠してたお菓子、もう全部ないんですね」
ひっそりと隠しておいたダコワーズもサランボも、全部見つかっている。どうやって気づいたのだろう、アトマイザーの入った木箱に混じって隠したお菓子用の箱も全部、空になっている。
「すっかり授業、サボっちゃいました」
現在は午後の講義真っ最中。結構真面目で通ってたから、みんなどう思っているのだろうか。それとも気にしていないのだろうか。時の止まった部屋の天井を見つめる。
もう、戻ってこない。そんな気がする。
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