52話
と、ピースサインをする。なんかそういえば昔、タッチノイズがどうとか教わった気がするけど、無視していてよかった、と鼻息荒く満足。
それとは逆に、心中穏やかではないのはイリナとヴィズである。なぜか差をつけられたような、腹の底に煮えたぎるものがある。
「ぐっ……タッチノイズなんか無い方がいいはずなのに……あいつ、めっちゃ腹立つ……!」
「同感」
二対一の構図が出来あがる。そこでお互いを取り持つように、ブランシュはフォローを入れる。自分のせいで三人に亀裂が走ったら……と、考えたくない。
「ヴィズさんの踊るような音色も、イリナさんの繊細で優雅な音色も、すごく私は好きなんです。ですが、カルメンさんのこの硬質で力強い音色が、私の中の『雨の歌』にマッチしたんです。優劣はありません」
「それでも私の勝ち。頭が高い」
「あぁ!?」
そのフォローを無にするように、したり顔のカルメンは煽る。実は事あるごとに、なにかしらの手段で争っている二人。前回は『子猫のワルツ』をどちらが最速で弾けるか。
ヴィズは「気にしないで。いつもだから」と、怯えるブランシュの肩を叩く。なんとなく考えていることはわかる。本気のケンカと思っているんだろう。
「それで、欠けていたものは見つかったのね」
ヴィズの問いかけに、強くブランシュは頷く。
「……はい!」
争いつつも、経過を見ていたイリナは、アイアンクローをカルメンに決めながらホールの入り口を指差す。
「ならよかった。早く行っちゃいな、作りたいんでしょ? 行った行った」
促され、会釈でブランシュは答える。感覚を忘れないうちに、早く作らねばいけない。
「はい、またぜひ、お昼を一緒に食べましょう」
ヴァイオリンをケースにしまい、舞台から降りて階段を駆け上がっていく。その足取りは軽く、本人も羽根が生えたかのように感じた。精神的に安定すると、走ることすら楽しい。
その背中を見送りつつ、三人は会談を始める。
「……で、ありゃ、何者かな」
口火はイリナが切る。本人のいる前では言わなかったが、普通科どころかヴァイオリン専攻の技術すら遥かに超えた技術と感覚。たくさんの「なぜ?」が思い浮かぶ。
「演奏しながら、畑違いなはずのピアノのタッチノイズに気づくなんてね。相当ピアノにも詳しいと見るわ」
「怪しい」
二人も悪い意味で訝しんでいるわけではない。性格もいい、友達としても良好。一言で言えば興味がある。しかし、人間なんて隠してることがあって当然、とヴィズは考えている。
「ま、人はなにかしら秘密があるもんよ。あなただって午前中の和声法の講義で、何回意識が飛んでたか、秘密にしときたいでしょ」
「七回までは覚えてるんだが?」
「なぜか誇らしげ」
どうでもいいか、とイリナは匙を投げる。友人として今後付き合っていくんだし、少しずつ知っていこう。
楽譜を片付け、三人はホールを後にする。静寂が包むホール。開けた時より重く感じるドアを閉めながらヴィズは、
「さて、午後の講義に移りますか」
と、口にした。
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