51話
乱れるブランシュの内心など知らぬカルメンはそのまま弾き続ける。いつも通り。フォルテはこう叩く。フォルテシモはこう。ピアニシモは……まぁこんな感じ。
そのピアノの音色を、じっくりと味わうように聴き比べると、二人とある一点で違うことがわかる。
「?」
見られているような気がして、カルメンは顔を上げる。目に入ってくるのは、なにか悟ったかのような表情のブランシュ。笑っているようにも思える。
(……そういうことですか。完全にはクララは見えませんが……ようやく、欠けていたものは見えました……!)
重く苦しい短調から、開放感のある長調へ。そして第二楽章を回想しながら幕が下りる。
演奏の完成度もそうだが、それ以上に憑き物が落ちたような、清々しい表情でヴァイオリンを下ろした。
「……なにか掴んだみたいね」
満足そうにヴィズは腕組みをする。が、本当はカルメンに少し嫉妬している。自分がなんとかしたかった気持ちがある。
「……はい」
静かにブランシュは肯定した。様々なタイプのピアニストと共演するのは有益なことだと、実感した。狭い見聞では、ヴァイオリンに関わらず、自分の世界は広がらない。
「どういうこと? カルメンのでなにかわかったの?」
いつも通り、聴き慣れたカルメンの音色だったはず、とイリナが目を白黒させる。
最高級のピアノにブランシュはゆっくりと歩みを寄せる。
「はい、カルメンさんの演奏の特徴、それは……」
そして、鍵盤をひとつ、フォルテで叩く。
「『タッチノイズ』です。フォルテを叩く際、時折、タッチノイズが強く出てしまう癖があります。ですが、それがヒントになりました」
場が静まる。自身の指を見ながら、イリナは何度かエアで叩いてみるが、自身は言われたことはないし、少なくともカルメンの演奏で気にはならなかった。
タッチノイズは、鍵盤を強く叩く際、指が鍵盤とぶつかった瞬間に出る衝撃音のことである。しかし、叩いた次の瞬間にはピアノの位置が鳴るため、実際人間の耳には普通は分けずに混ざって聴こえる。「ピアノと指の間に空気を入れないように」という教えがあるが、これはタッチノイズを抑えるためにでもある。音が硬くなる、という点も見逃せない。
「カルメンさんの多種多様なフォルテの中、特にフォルテシモの際に大きく出ます。ですが、そのおかげで気づけました」
ブランシュとカルメンの視線が合う。状況をよく理解していないカルメンはとりあえず、二人に向かって
「勝ち」
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