47話
「ドビュッシーですと……」
と、曲を思い出しながら、ついでにブランシュは違う思いが脳裏に走る。
(こちらに来て初めて、お友達とお昼を食べています……!)
と、すでに三回目となる、現状の確認。一気に三人も。まだ会ったばかりで友達と呼んでいいのかわからないが、この機会を逃すとしばらくなさそうなので、あえて呼ぶことにした。先週までの自分からはものすごい脱皮だ。さすがパリ。会話が洗練されているような気がする。自分含め四人とも地方かららしいけど。
「そういえば、リサイタルの方ですと、あとお二人は今はいらっしゃらないのですか? 勝手にキャンドルは作らないほうがよろしいでしょうか……」
教会のリサイタルは五人と聞いている。ここに三人。あと二人。できれば友達になっておきたい。多ければ多いほど楽しい。今現在、人見知りではあるが、故郷ではそんなこともなかった。
「ブリジットは今日は自宅でお昼で、ベルは他の友達とかな。その時々で違うから、そのうち会うでしょ」
食堂で買ったサンドイッチをかじりながら、イリナが答える。仲が悪いとかはなさそうだ。
「ところで、『雨の歌』のほうはどうなったの? うまくいきそう?」
若干忘れていたことを、ヴィズのひと突きで思い出す。そもそもそれで知り合ったわけだが。
うっ……と、ブランシュの内臓あたりがどっしりと痛む。痛む理由はひとつ。まだ進んでいないから。あれから色々試してみたものの、後退こそしても前進はなかった。そして香りのリセットにエスプレッソを飲みすぎた。舌が苦い気がする。
「なになに? なんの話? ブラームス? 練習してんの?」
面白そうな話題にイリナが頭を突っ込む。
「ブランシュは『雨の歌』をテーマに香水を作っているんだけど、なかなか納得いかないらしくてね。なんでも、クララが途中で消えてしまうらしいの」
ここまでの経緯を説明するヴィズだが、言っていて自分でもよくわからない。が、そうとしか言えない。さらに詳しく言うなら、テーマにした香水を完成させて嗅いでヴァイオリンを演奏したが、途中でクララが消える。うん、余計分かりづらい。
「え、なにそれ? 面白」
「どゆこと」
興味津々と、二人がブランシュの顔を覗き込む。ちょっと赤面している。
「それを嗅いで、イメージして弾くと、情景が思い浮かぶってこと?」
イリナが上手くまとめる。まとめたが、結局、どういうことかはよくわからない。
「なにかが足りないのか、それとも多いのか。それもなにもわからないんです。でも、なにかが欠けている気がして」
ブランシュはポケットからアトマイザーを取り出す。この一一ミリリットルの液体にここ数日悩まされている。何もしていなくても、この香りがそこら中から香っているような感覚すらしてきた。
「少し嗅がせて」
凝視していたカルメンが、ひょいっとアトマイザーを奪いとる。少量、手の甲に塗り、そして嗅ぐ。
「……いい香り。だけど、イメージはわかんない」
目を瞑って深く瞑想してみたが、クララどころかブラームスもシューマンも当然ながら見えない。もしかして私って才能ないのでは……と、表情を変えずに内心落ち込んだ。
「私も。初めて会ったけど『共感覚』ってやつ? 実際にいるんだ」
続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。




