44話
「てことは、あと四日……! こうしては……」
立ち上がろうとするブランシュを先読みし、楽観的にニコルは言葉で制す。
「まぁまぁ。そんな焦ってやったって、見つかるもんも見つかんないわ。欠けているのはちょっとしたものなんでしょ? ひょいっとそのへんから、顔だけ出すかもしれないんだから」
もっともである。急いでいい結果はおそらく出ないだろうと、ブランシュ自身もわかっていた。そもそも、今、どこに向かおうとしていたのか自分でもわからなかった。部屋か、ホールか。いや、ホールは今、違う生徒が使っているはずだ。頼み込んで一緒にブラームスをやろうとしていたのか。
「……はい」
ヴィズもニコルには同意見だった。が、焦るブランシュの気持ちもわからなくもない。自身も、コンクールなどの追い込まれた状態ではオーバートレーニングになることもあった。練習することで平静を保とうとするが、体はついてこない上に、結局メンタルも悪い方向へいってしまう。
「ダヴィンチも『チャンスの女神は前髪しかない。通り過ぎてからは捕まえられない』みたいなこと言ってたし。まぁ、あたしだったら、いきなり髪掴んでくるようなやつは、生まれてきたことを後悔するまで平手打ちするけど」
今では、一歩引く余裕もできて、コンクールでは一二〇パーセントの実力を出そうとは思わない。一〇〇目標に八〇出せればいい、とメンタル面も成長してきた。ただ、他人に押し付ける気はない。
「怖いこというじゃん。ピアニストなんだから手は大事にしなさいな」
「なら、サボテンの針を眼球に刺すわ」
「そうしときな」
そっちのほうが怖い気もするが、ブランシュは気がかりなことがもうひとつ。
「それよりもお聞きしたいのが、私はホールを使ってしまって大丈夫なのでしょうか……音楽科の方々のためのものですし……」
ヴィズが許可を出しても、他の専攻の生徒や講師が何と言うか。メンタルは強くない。
「今さら罪が一個増えたところでなんだっての。すいませーん、おかわりください」
「大半はあなたの罪です。そもそも生徒ですらありませんし」
人の紅茶でおかわりをするニコルの神経を、少し分けてもらいたい、とブランシュは思う。考えすぎるのは自分の悪い癖だと認識はしている。
「そうなの? よくここまで入ってこれたね。寮なんて守衛のおじさん手強いのに」
「姉妹で通したから。妹役は無理があったと反省はしてる」
グイっと紅茶を飲みながら、ヴィズに言われた警備員のことをニコルは思い返す。すごく前のように思えるがまだ三日前。濃い数日だねぇ、と無料で飲んだ紅茶が染みわたる。
「でもあなた達、本当の姉妹みたいに見えるけど」
少なくとも、ヴィズには仲が悪いようには見えない。見た目や行動はともかく、波長のようなものが同じ。音叉で叩けば共鳴しそう。
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