43話
「よくわからないけど、すごいの?」
ニコルはレモネードのストローを噛みながら、その光景を見つめている。
サボテンをカバンにしまいながら、ヴィズは率直な感想を述べた。
「まぁ、大道芸的な凄さはあるけど、人生で役に立つかって言われたら微妙なとこね。ムラがあるってのはわかるかも」
普段でも及第点の実力はあるが、その先を知ってしまっていると、少し物足りなさを感じなくもない。リサイタルの構成はどうしようかと悩む。なにか香りを嗅がせて、ぶっつけ本番で自分が合わせるか。いっそ、ブラームスも無視するか。
「それが、おそらく人生で唯一と言っていい、役に立つ瞬間がきてるってことか……」
音から香水を作ることなど、今後ないことだろう。唯一の長所を生かせる契機が、まさに今来ている。これを逃したら次はいつまで待つことになるか。
だが、主役のブランシュの表情は浮かない。好きなお菓子を食べても、一向に抜け出せない迷路にハマってしまったような顔をしている。
「ただひとつ言えるのは……これは私の『雨の歌』ではない、ということです。ミドルもラストも、軸はブレていないという実感はあるんです。ただ、なにかひとつ……欠けてしまっている……」
演奏をもう一度思い出す。どこか足りない部分があったのか。いや、演奏自体にミスはなかった。となると、その元となった香りが上手くハマっていない。しかし、自分なりの解答であることは自信を持って言える。と、見事にループしてしまう。
正反対に、我関せずという顔でボストックを口に運びつつ、ニコルはフォローを入れる。
「ま、そんな簡単に作れたら苦労しないっての。自分で言ってたじゃない、プロでも三年かかることがあるって。二日でアマチュアが想像通りのものを作れると思う方が間違い」
ブランシュも一瞬顔を上げて、ニコルの発言を自分の中で噛み砕く。そうだった、自分で言ったんじゃなかったか。アマチュアなのに、なにを焦っていたんだ。うまくいかなくて当然じゃないか。少し、余裕が出てくる。ニコルには少しだけ感謝。
「そう……ですね。幸い、期限も言われてませんし、少しずつ煮詰めて……」
「あ、ごめん。一週間が期限て言い忘れてたわ」
あっけらかんと、お菓子の手を止めないニコルは言い放つ。
「……はい?」
瞠目して、ブランシュの時が止まる。
「一○本もあるから、一本に一年も二年もかけらんないじゃん? じいさんからは出来ても出来なくても一本一週間て言われてんのよ。ごめんごめん」
クラフティを注文しながら、ニコルはブランシュに謝る。タルトのお菓子好きなのよね、と注文した理由を説明する。たぶん、このような状況にならなければ、当日まで忘れていたことだろう。
注文してる場合ですか、とツッコむよりもブランシュは一瞬で緊張が走る。日にちが一気になくなる。
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