369話
(そりゃよかった。『二代目ギャスパー・タルマ』、継いでくれるんだ。私には時間があまりないからね)
襲名、というやつ。日本のカブキみたいに。その人物そのものを引き継ぐ。先代や、さらに前のその人物の芸の面影が色濃く残っているという考え方。
その名前。憧れでもあった。タルマ二世とか、呼ばれてみたいというのはあった。彼の全てになりたい、と。だが、友人達と過ごし、自分なりの香水というもの、調香師というものに気づいた。だから。
「……お断りします。継ぐとかそういうのではなく。エステル・タルマとして、ひとりの調香師として」
おそらく、世界で一番ギャスパー・タルマという人物に憧れているのは変わらない。きっと死ぬまで、いや、死んでも、お墓に入っても。
ここでギャスパーは質問のポイントを変更。自分と。キミの。名前。
(それにしてもカロー、ってのはあれだね。タルマとカロー。ナポレオンの友人にして俳優、フランソワ=ジョゼフ・タルマとその伴侶ジュリー・カローから? そこまでしてくれるなら、なにかお返ししないとね)
もしそうだとしたら嬉しいね。ナポレオン。キミという裏ジャック。
その問いには。エステルは答えない。必要もない。もう、必要がないから。
「……いりませんよ。私は……憧れと同時にあなたのこと——」
歩き出す。どこか。ここではないどこかへ。そして、夜が明けたら。
「消し去りたいほど、憎んでいるのですから」
グラースへ行こう。戻ろう。あの場所へ。お婆様の眠る場所へ。
それはいい。とギャスパーは興奮度が増す。死んだら。私が死んだらその時は。アリアを聴かせてくれよ、ショパンみたいにさ。
Parfumésie 【パルフュメジー】 了
Parfuméraire【パルフュメレール】 始動




