362話
その悩む様。それを見てブランシュは『あぁ、やはりこの人も言い換えれば被害者なんだ』と情が湧く。結局、誰も彼もが。いや、あの人も香水という魔物に取り憑かれただけで。全てはたった数ミリリットルの香りのある液体に、弄ばれているだけ。
でもそれも。美しい。曲も香りも。境目などない。それを知った。だからこそ。
「ブランシュ、っていい名前ですよね。白、潔白、自由。好きな名前なんですよ、私」
唐突に話は変わる。どこか官能的に。清らかで甘い名前。溶かして人形のように。それが自分。
もちろん、ニコルの理解はついていけない。
「だから、なにが言いたいの?」
いつもなら、さっさと答えてくれるのに。焦らす、というよりは『気づいてほしい』。そんな意思さえも伝わってくるような。後回しの答え。
「香水について、もっと詳しい人だったら。すぐにわかったと思うんです。私の使用している香水、覚えていますか?」
今日も使用している。一番ブランシュにとって身近なもの。身近、というか身そのもの。今までの本当にたくさんの香水を作ってきた。クラシックに関するもの以外にも、思いついただけ試して失敗したり。思い入れのあるものも多いが、これはそういうものではない。
言うなれば彼女自身を表現している香り。
もちろんニコルは覚えている。嗅いだ記憶も。だから間違いはない。
「たしか『光』。日本の『漢字』ってのにインスピレーションがどうとか。そのうちの一本、でしょ? 爺さんから教えてもらったし、香りも覚えてる。それくらいは」
漢字、というのはそれ一文字に様々な意味が込められているらしい。色々な意味に捉えられるらしい。二文字になれば、お互いに補ったりとか。なんだか素敵だな、とは思う。自分達の感覚だと『A』は『A』でしかない。




