360話
みなさん。いつも助けてもらって。それは自分の中での宝物で。でも。胸に手を当てるブランシュ。
「……もう必要ないですから。私は。私には。お友達、と言ってくれたことは嬉しかったですし、それは今でも。ですが、もうそろそろかな、って」
出会ったのはヴィズが最初。初めて香水を作ったのはカルメンとで。初めてピアノトリオを演奏したのはベル。初めてイリナと香水の先にあるものに触れ。そして、初めて誰かのために、自分のために先に進まなければ、と決意させてくれたのはブリジット。
だから。
ごめんなさい。
「はぁ?」
それがなにに対する謝罪なのか、ニコルにはわからない。謝るくらいならやるな。それくらいしか。
ふぅ、と細く長くブランシュは息を吐く。ほんの少しだけ、自分の中に残っていた残渣。それを今、吐き出した。
「本当はもっと、みなさんと楽しく過ごしていきたい、というのが本音なんですよ。お友達、というのもこちらでできて嬉しかったですし。香水を作るのも。新しいことを始めるのも」
「なに言って——」
「シシーさんだけは気づいていたみたいですけどね。まさか、ですよ。あの人は敵に回したくないなぁ。言われたんじゃないですか? 『やはりお孫さんは俺を頼ったね』って」
今度のブランシュの笑いは嘲笑に近い。モノマネ、少し入れてみたけど、似てないなぁ。そういうのは苦手みたい。初めて知る自分のこと。知らないことばかり。
戸惑いと焦りと。そんな感情を目で訴えながら、ニコルは思い返す。そして該当。
「……言われた。で、それがなに? 話が見えてこないんだけど」
「ご自身で言ったことですよ。初めてお会いした時。この学園に足を踏み入れた時」
その時のこと。ブランシュはよく覚えている。あんな衝撃は初めてだったら。のほほん、と過ごしていただけだったのに。刺激的な毎日に変化したのは。あれから。
少し肌寒かった早朝の橋。ただ自由に弾いていただけの自分。そこに現れたひとりの人物。加速していく日々。あぁ、まだ二ヶ月しか経ってないのか。早かったなぁ。




