359話
いつになく真剣な表情ニコル。前屈みで頬杖を突きながら、不満げに表情を作る。
「知ってるよ、今の曲。ブリジットが弾いてくれたからさ。でもさ、なんでそれをあんたが今、やる必要があるのかな」
詳しいことはわからないけど。たぶん、素人考えだけど、ブリジットの演奏とはまた違った気がする。あれは、美しさと切なさ、それでも希望のような温かさがあって。きっと本人がそう捉えたんだろうから。
でも。先の演奏はどちらかというと絶望に近い。悲観的な。ただ、どちらが優れているとかじゃなくて……優れているとかじゃない? ショパニストのピアノと甲乙つけ難い? ……そんな。だって、この子はヴァイオリンを主としているのに? 私が素人だからそう思うに違いない。
ブランシュは天井を見つめる。人工的な明るさを浴びている。目を細める。きっと今頃。依頼されて作ったキャンドルが、照らしているだろうと想像する。喜んでくれていると。嬉しい。
「……確認ですよ、ショパンはどんな風に弾いていたんだろうか、って。彼はこれくらいのサロンホールでしかほとんど弾きませんでしたから。教会くらい大きいと、ショパンらしさが出ません」
笑みが溢れる。空虚な笑み。空っぽで。色も味もない。笑み。
さらに難しさを深めるニコルの顔つき。そして頷く。
「なるほど。いや、なるほどじゃなくて。それをなんで今やってんのって話。ブリジット、楽しみにしてたのよ。あんたと弾けるって」
他の四人も。あんたと一緒に演奏するのを。一緒に聴くのを。それを裏切るような形で。いや、裏切るは言い過ぎか。でもそれをキャンセルする理由が、ここでピアノを弾きたいから? 釣り合わない。意味がわからない。




