355話
「なにを根拠に……と言いたいけど、それが一番ね。元々はピアノ独奏曲だから。プログラム的にも問題なさそう」
それにはヴィズも賛同。なんとかなる。聴衆もヴァイオリンのことは知らないし。知っているのは自分達だけ。聴いてみたかったけど、独奏も素敵な曲だから。
そしてある意味もうひとりの主役でもある人物。それがいないことにカルメンは気づく。
「というかサロメは。あの子もいない」
調律。ピアノとピアニストにおいて非常に重要なポジションにある。望む音を二人三脚で作り上げる専門家。このピアノはアトリエが担当している。
そしてサロメ・トトゥは。その中でも相当に稀有な耳と感性を持つ。気分屋で面倒なことには足を突っ込まない性格だが、腕は超一流。海外の著名なピアニストからも依頼があるほど。その人物が。いない。
「サロメは、調律が終わったら、帰っちゃった。『さすがあたしの調律。そんな簡単に狂うかっての』って言って」
以前、ここで出会ったことをブリジットは笑って思い返す。その時から傍若無人、それでいて自信過剰。でもそんな自信を持ちたくなるのもわかるほど、心地よいユニゾンを生み出す。ショパンもきっと喜んでくれているはず。
なんとも言えないが。本人がいいならヴィズとしても認めるしかないわけで。
「……全くなんて協調性のない人達……」
などと苦言を呈しつつも、どこかブリジットの成長に満足感がある。以前であれば、もっとオドオドとした様子で本番に臨んでいたはず。いい意味で図太くなった、というか。
ここにいる全員。あの子と関わった結果、プラスになる材料を受け取っていて。イリナなんか特に。元々実力はあったが、それを出しきれるようになった。ムラがなくなった。ベルとカルメンもよりピアノの深淵を覗き込むような。実技だけではなく、座学もしっかりと。
そこで。思いついてしまった。




