354話
とはいえ、ここで自分が抑えなければ本当にこの子達はやりかねない、とヴィズは認識している。コンヴァトとか、どうでもよくて。ただ、己の欲望を曝け出すエゴイスト。
「あなた達も。ところでブリジット」
そして視線は鋭く、教会内を見やる。端から端まで見える範囲。くまなく。それでもやはり。
言いたいことはブリジットにもわかっている。
「……うん」
「ブランシュは? まだ来てないの?」
あの子のことだから誰よりも早く、それこそピアニストよりも早く来ていてもおかしくないはずなのに。疑問が浮かぶヴィズ。
さらにどんどんと聴衆は集まってくる。ショパンだけのリサイタル。人気のある曲も多い。家族で。ひとりで。友人と、恋人と。様々な想いを胸に聴きに来ている人々。
その中に。ブランシュ・カローはいない。
うーん、と唸りつつもカルメンがその肩を持つ。
「大事な時に遅刻。寝坊するタイプ。でも、最悪アンコールだけでもいれば。走ってくれば体も準備できてるだろうし」
急げば心拍数も上がって、緊張なのかなんなのかわかんなくなって、普段通りの演奏。これ。
それはヴィズとしても考えていたことではあるが、当てはまらない気もする。
「……あの子はそういう感じじゃないけど」
「一応は連絡したんだろ? 返信は?」
自身も携帯を取り出すイリナだが、着信もメッセージもない。そりゃそうか。なにかあってもまず、今日であれば自分にはこない。
一応、ブリジットも確認してみる。が、同じく。
「……まだ、ない。どうしよう」
ないものはないし、いないものはいない。カルメンがそういう時の対処法を伝授する。
「その場合はピアノだけで演奏するしかない、かな。困った。いや、困ってない。ブリジットなら大丈夫」
もとはひとりだったんだし。というか、アンコールだけなんだし。なんだったら切り上げちゃえばいいし。




