352話
十二月二一日。リサイタル当日。その日も朝から雨がしとしとと降り注ぎ、寒さがより肌を刺す。
「ついにきた、って感じだね」
今日弾く予定もないベルが寒さなどどこ吹く風、とばかりにワクワクとした表情が、教会内を優しく香るアロマキャンドルの灯りに照らされる。
縦七〇メートル、幅と高さは二〇メートルほど。ロマネスク様式の身廊と側廊。側廊の先には左右ともに礼拝堂のような小さな空間。祭壇のようなものがあるのみで、天井を見るとアーチのようになったリブヴォールト。身廊には真ん中の道を境に、四、五人がけの長いイスがずらりと並ぶ。
天井や壁面にはフレスコ画が描かれており、内容は旧約・新約聖書。上部には花などをモチーフにしたステンドグラス。差し込む光が淡く内部を照らす。重い石材が多く使われているため、半円アーチが多用され、開口部が非常に小さく少ない。ゆえに昼でも薄暗く、厳格さがより増しているようにも感じる。
内陣と呼ばれる聖職者のみが進める場所。小さな主祭壇と聖職者席が存在するのみ。そしてそれらを取り囲むように周歩廊と呼ばれる、巡礼者用の回廊。
内陣の手前にはピアノがある。ザウター『オメガ220』。セミコンサートグランドピアノ。樹齢百年を超えるトウヒを使った響板、熟練のマイスターが丹念に作り上げた芸術品。倍音の伸びはピアノ界随一で『香りがする』とまで言われるほど。
それを取り囲むピアニスト五人。今日から五日間、ここでピアノを奏でる者達。
「あなたが興奮してどうするの。ブリジット、指は動く? 寒くない?」
湧き上がる気持ちを抑えつつヴィズが場を制する。自分も弾くことになるピアノ。初めて対面した。教会内の複雑な残響。その中でもブレない芯のある音色。先ほど触れてみてわかった。




