351話
なんだか。空気が重くなってしまった。なんで? 腑に落ちないが、これが答えなのだろう。ならそれを。ニコルはメッセンジャーとして届けるだけ。元々用意していたアトマイザーに詰め込むことはできないが、この口紅を持っていくだけ。
「リンゴ尽くしだね。少しずつリンゴって枠組みの中でも、香りが変わってく感じか。まさかショパンも自分の曲がこう解釈されるとは思うまいね」
今夜はリンゴの料理が食べたい。それだけ。
たぶん空気を読まれているのだろう。場を明るくしようと。そんな彼女をブランシュは信頼しているわけで。
「ショパンはお酒もコーヒーも飲まず、毎朝ショコラショーを飲んでいたというところから、かなりの甘党だったと思われます。そしてポーランドではシュガーバターを詰めて焼く、焼きリンゴが有名ですから。他にもシャルロトカなど。リンゴを使った料理やスイーツが特に多いんです」
もしかしたら、そこからヒントを得た曲もあるかもしれません。ほのかにリンゴの香る曲があっても。それはそれで素敵だと思う。
「そんなもんかねぇ」
納得のいかないニコル。ただなんとなく。ブリジットもフォーヴもブランシュも。語っている時は楽しそう。
きっと、いつまでも人はショパンの影を追いかけるのだろう。自分なりのショパン像を持って。それはブランシュにも共通する。
「わかりません。でもそう考えるだけの余地がありますし、わからないからこそ魅力があるわけで」
わからないということは。素敵であるということ。惹きつけられるということ。ブリジットの気持ちもわかる。
そして話は三人で弾いた時のことに戻る。一緒に聴いていたニコル。このルージュの練り香水を使って演奏した。
「とりあえずは完成ってことで。使ってみて。どうだった? 予想通り?」
ブリジットとフォーヴの反応からして、大成功だったんだろうけど。一応確認。
自信を持ってブランシュは肯定する。
「もちろんです。誰がなんと言おうと。これが私の『レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ』です」
これで五個目。半分。色々あったけども。ありすぎたけれども。なんとかここまでこぎつけた。そんな、決意の香り。




