350話
その問いはまさに、香水の無限の可能性を表現している。思い浮かべる香りに近いものを作り出す。それがお菓子であろうと、この世に存在しない香りであろうと。同じ香水でも、使う人のフェロモンと混ざって全く違う香りのするものもある。
そんな世界が。ブランシュの目指すもの。
「花も果物も、全部が全部それらの原料を直接使っている、というわけではないですよ。例えばプラムなんかも、バラ由来の香り成分である『ダマスコン』というものから抽出して、似せて作っているだけですから。だから香水は作るのに時間がかかるんです」
その香りを作るために、他の香りから抽出することもよくある。さらにそこに混ぜる。新しい香りの創造。終わりがない。終わらない。終わらせてくれない。
だがそれはニコルには少々重いものでしかなくて。
「はぁー、爺さんもすごいことやってんだ」
という程度の感想。ちょちょいと混ぜて終わり、かと思ってたけど、新作を作る苦労がなんとなくわかってきた。
お爺さん。ギャスパー・タルマ。その人物のことを考えると。ブランシュは。苦しい。
「……」
まーた余計なこと考えてるな。ニコルは思考を読み取る。
「で、ラストノートは?」
なのでさっさと次へ。最後。終えてゆっくり休もう。
「……『アップルウッド』。ウッド系の穏やかな香りで、クラシックを支える大樹のような存在。それがショパン……」
クラシックと現代音楽の境目というのは、実はよくわかってはいない。なにをもって『クラシック』なのか。いつが『現代』なのか。人によって違う。百年もしたら、今の自分達の時代に生まれた曲も、クラシックになってしまうかもしれない。それでも。ブランシュにとって、土台となる人物であることに間違いはない。




