35話
「香水にするには、無水エタノールと精油を入れてから、よく馴染むまで二週間ほどかかりますが、香油にすることで短縮します。そこで使うのがホホバオイルです」
翌日の水曜日。
フランスでは水曜日と土曜日は午前のみとなる学校も多く、各自思い思いの時間を使う。習い事や趣味に興じるなど、使い方は自由だ。モンフェルナ学園も例に漏れず、許可をとってアルバイトする者、秘密裏にやる者、プロサッカーチームの下部組織などで練習に励む者などいる。
昨夜、ブランシュが寝静まった深夜に帰ってきたらしいニコルは、身を乗り出してブランシュの説明を受ける。終わりが見えてきたからか、いつになくやる気だ。
「香水、ではないのね。香油?」
いつものアトマイザーが入っている木箱とは別、シックなマットブラックのディスカバリーボックスの中には、かき混ぜる棒やホホバオイル、無水エタノールなどのその他道具が入っている。
「香りは同じですし、ロールオンタイプのアトマイザーで、塗るように使えます」
高い保湿力やエイジングケアなどにも使える、女性の強い味方でもあるホホバオイルは、実はこういった使い方もある。噴射する香水と違い、塗りたいところに直接塗れ、作り方も香水とほぼ同じ。髪や肌に塗れば紫外線からも守ってくれる。ただ、香油でそれをやると香りが強すぎるであろうが。
「こんなのあんのね。はー、よく考えるわー」
人間の知恵にニコルは感心する。まず、無水エタノールとかいうのを考え出した時点で偉い。自分だったら脳のどこを探してもその発明には至らないだろう。さらにホホバオイルと。人間すごい。
「まずはホホバオイル一○ミリリットルをボトルに入れ、そのあとはトップを三、ミドルを五、ラストを二の割合で入れます。プロだとこの割合を変えたり、それぞれ七種類くらい入れたりしてもバランスが崩れなかったりしますが、我々は基本に忠実にいきましょう」
用意しておいた、それぞれのアトマイザー合計一〇本。今日はここから作成する。
ニコルはひとつ、適当に選んで嗅いでみる。ローズウッド。精油原液の強い香りに鼻の奧がツンとする。
「それぞれの種類の割合を変えるだけでも、相当香りが変わってきそうね」
精油は一滴で〇・〇五ミリリットル。合計二〇滴で一ミリリットル。濃度は一〇パーセント。基本的な作り方だ。二〇滴しか使わないからこそ、一滴の差がかなり出る。
「そうですね。一滴でより生きる香りもあれば、逆に殺してしまうものもあるので、無限に香りが変わります。プロでもひとつの香りを生み出すのに三年かかったりしますから」
「……てことは、私達って相当ちゃっちゃとやってない? 大丈夫? あれ、これまずい?」
自分でなにもかも持ち込んだ企画であるが、想像以上に時間のかかる作業だと、ニコルは今知る。何種類か液体を混ぜて終わり、程度に考えていたため、冷や汗が流れる。
真顔で焦るニコルを見て、珍しいものを見たと満足げにブランシュは笑顔で返す。
「三年といっても、かかりきりでやっているわけではないですから。ブランドの専属調香師をやりつつ、だったりしますので。それでも、全世界で販売するものになると、簡単にできる代物ではないです。私達が作るものとは違いすぎます」
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