342話
なぜならピアノは彼を中心に回っている……というのは言い過ぎだが、重鎮中の重鎮であることは間違いない。だから口火を切るか最後を締めるか。そうしたい。もちろん人それぞれなので、全然違うかもしれないけど。考えるだけ。ゲームみたい。
しかしサロメからすればそんなことはどうでもいい。ピアニストが求める音を。心から求める音を。心が渇望する音を。その手伝いをするだけ。
「かー。なにをどう感じ取ったらそうなるのかわかんないわ。この曲、まさかリサイタルでやんの?」
「ほぉ」
なるほど、その手もあるか、とルノーも納得。それなりに弾かれることもある曲。悪くない。むしろいいかもしれない。
色々考えた結果、なんだか弾かないのも勿体無い気がしてブリジットは選んでみた次第。
「その予定。アンコールで。それくらいならいいかな、って」
盛り上げて終わるか、しっとりと終わるか。どちらかといえば後者のほうが自分ぽい。プログラム的には祖国であるポーランドを発つ二〇歳前後の曲でいこうと考えている。それなら『遺作』をねじ込んでもおかしくはない。出版されたのはだいぶあとだけど。
しかしやはり。そんなこともなにもかもサロメにはどうでもいいことで。
「あんたがいいならいいんじゃない? ま、あたしが調律するんだから文句は言わせないわ」
「……」
「なに?」
どこか落ち着かない様子でソワソワとするブリジットに対し、怪訝そうな顔つきでサロメは問う。まだなにかあんの?
言おうか言うまいか。迷いつつも小さな声でブリジットはやっぱり言う、と決めた。
「ここに、メイソン&ハムリンのピアノ、あるって、聞いたんだけど」
それはアメリカのメーカー。非常に特徴のある作りで調律師泣かせでもある。あまり市場にも出回ることがフランスではないため、触れる機会のないものでもある。それがたまたまアトリエに置いてある、と聞いていた。




