334話
その予感の通り。入室時にブランシュが聞かされていたもの。それはピアノ協奏曲ではなく、望まれた曲。
(チェロソナタ。ソナタではありますが、他のソナタと比べても異質。まるでロンドのような部分もあり。ショパンの曖昧な音楽性を表現しているようで)
自分の出番はない。混ざろうと思えば混ざれるが、この曲の純度を下げるわけにはいかない。だから、入ることはしない。
まずピアノの美しい旋律から始まり、重厚なチェロが色味を加える。転調を繰り返し、時に溶け合い、時に反発し合い。時に互いに支え合い、時に突き放し。複雑で難解に絡み合う音と音。そのため、公開演奏でもショパンはこの第一楽章を演奏しなかったというほど。
完璧を目指したショパンにとって、最後の楽曲。納得いったのか、それとも納得がいく前に体調を崩してしまって満足のいく仕上がりではないのか。それはもうわからない。だがただ。ひたすらに。言葉はいらない。その美しさ。
少々驚きはしたが、そもそもは自分がリクエストした曲。予定は変更だがフォーヴの心は躍る。
(いいね。ショパンに限って言えばたしかに、ルカルトワイネにもこれほどの弾き手はいない。さすがだ)
そしてその相方の『技』。晩年のショパンの苦しさや、それでも詩を追い求める情熱。鍵盤を叩く強さや深さ、ペダルの踏み加減だけでその場所にショパンの幻影が映し出されるよう。本物のショパニスト。これが、と自然と口角が上がる。
情熱的で動きのある第一主題。静寂で厳粛な第二主題。対比させることでより引き立つ。その姿はまるでフォーヴとブリジットのよう。受け渡すにも、お互いを信頼しているからこそ、全力で突き抜けられるバトンパス。相乗効果で高めあう。
ヴァイオリンは必要ない。ただただ特等席で聞き惚れるブランシュ。圧倒。される。
(……すごい。本当にこの曲を……)
フランス風で優美なピアノ。ポーランド風の力強いチェロ。それらが程よくブレンドされ、唯一無二の音が生まれる。




