332話
「やはりこの学園のホールはいいね。小ホールも。たまたま空いててよかった。ショパン向きだ」
ツカツカと部屋に遠慮なくフォーヴは足を踏み入れる。イスの観客席が百ほどの小さなホール。ピアノがあるだけ。カワイのフルコン。ショパン向き、と言ったのは部屋の大きさだけでなく、コンクールにも選出されるピアノだから。
その部屋に結界でも張られているかのように、進むことができないブリジットに対し、おそるおそるブランシュは顔色を窺う。
「……本当にいいんですか? フォーヴさんには私から言っておきますから、あまり無理はなさらず——」
「いい。あぁいう人は今後も出てくる、と思う。もしプロ……になったら、きっとお互いに意見をぶつけ合う必要性、出てくるから。これはその練習」
そしてブリジットは意を決して入室。全てはプロになった時を想定して。批判も。喝采も。不安定な精神も。なんとなく噛み合わないパートナーであっても。それら全てを経験しておきたい。
《成功しても劇的になにか変わるわけじゃない。それでも。やらずにはいられない。そういうヤツのことを、人は天才と呼ぶのかも知れない》
とある人物にそう教わった。挑戦をする、ではなく、し続ける。昨日の、いや、一秒前、数瞬前の自分を捨てる。ベルもそうだから。
圧倒され、ヴァイオリンケースを持ったままその場でブランシュは立ち尽くす。こんなキャラ……でしたっけ……?
「それなら……いいのですが……」
いいのだろうか? 本当に。変なスイッチがあるのかもしれない。いいのか悪いのかは別として。
が、五歩ほど歩いてブリジットも足を止める。そして戻ってきて耳打ち。
「それとブランシュ。ピアノ協奏曲って言ってたけど。ごめん、少し、私に任せて」
考えがある。鼻を明かしたい。今日の私は強気。強気のショパンを奏でられる。そしてささっと演奏の準備に取り掛かる。カワイは優しくて比較的軽い音色。その中でもどんな個性があるのか。見極めねば。




