330話
だが、納得がいかない様子のイリナ。なんかこう、ズレてる。
「……それはあいつがやりたいって思った時がそうであって……そうじゃなきゃ、ただのいらぬお節介にしか」
彼女が乗り気でやってくれるならそうなんだろうけども。予想でしかないが、どう考えてもそうはならないだろう。
うーん、とフリーズしてその意味をベルは吟味する。
「あ、そうかもね。でもいいなぁ、やりたいなぁ。また一緒に」
かつて一緒に演奏した『新世界より』。あれは自分史上、最高のパフォーマンスのひとつとさせていただきます。でもどんな曲でもきっと。楽しいんだろうなぁ。
このピアノの楽しさがどんどんと溢れてくるような人物を。観察しているだけでイリナも前向きになってくる。
「それもそうか。言うだけは言ってみるか。『でもみなさんの〜』とかって遠慮……遠慮? してくると思うけど。言うだけならタダだし」
断られたらそれはそれで。言わないより言って後悔しよう。そんで後々。後悔。させてやろう。やらなかったことに。
「でもさ」
淡々と感情がブレないカルメンだけは、ブランシュ・カローについて様々に思うことがある。
その表情をイリナは覗き込む。
「ん? なんだ?」
またこいつは変な勘ぐりをしだしたか。なんて面倒なヤツ。
歩く速度を落とすカルメンの横を、人々が通り過ぎていく。靴音。会話の声。より鮮明に。聞こえる。
「こうやって香水を作りながら音楽を奏でていって」
「いって?」
一歩先を歩いていたベルも振り返る。
空を見上げても、カルメンの目に星は飛び込んでこない。街灯や店の明かりのせいで。天気も悪くて。
「ブランシュは、どこに行き着くの?」
あの子は。本当にそのまま成長していくのだろうか。勘が。普段はピンとこない勘が。よくない未来を告げている。
「どこって……」
なんだかとても深い問いのようで。イリナはひと口には答えられずにいた。そんなの……知るわけない。ちょっとだけ。口数が減る。
そしてちょうど目的地に到着。九区、サントメシエ教会。鐘楼に代表されるロマネスク様式。まるで中世にタイムスリップしたかのような荘厳な佇まいを醸し出すが、蔦が建物に絡まり、カラフルに彩ってくれている。簡素な石造りではあるが、堅牢な鐘塔。ここでリサイタルは行われる。
回答は持ち越すことにした。今は。正しい答えがわからなくて。予想もできなくて。答えが出た時には。彼女はここにはいない気がして。




