329話
あんなか細くて、控えめで、頼りなくて。友人想いで、芯が強くて、自分より他人を優先して。そんな彼女がもし、やりたくないと言ったらヴィズを説得してでもやめさせよう。当日はウチで匿ってもいい。
言いたいことはカルメンにももちろんわかっている。『そういう』人物ではない。一緒にやりたい、と言ったのも半分は冗談。本気は七割。計算、合ってる?
「でも意外。こういうのってイリナが率先してやると思ってた」
胴上げでもしながら聴衆の前にブランシュを持っていって。それで「できるよな? ん?」とか言っちゃって、断れない雰囲気にして。付き合いは長いからわかるけど、ほんの一ヶ月前くらいだったら、たぶんそうやってた気がする。
そして同調するベル。なんていうかこう、根底で支えてくれてる、的な。
「私も。イリナって結構真面目だよね。本当は」
座学はとても眠そうだけど。なんだかんだ面倒見がいいのだろう。一歩引いて俯瞰的に見えている、っていうのかな。
褒められてる? それとも逆? わからないが、わからないのでイリナはスルーすることにした。みんなで寄ってたかって、ひとりの人間の取り合いになった場合を想定してみる。
「もしそうなるとブランシュの負担が大きすぎるな。五日間も。やっても一か二曲だけだろうけど。でもま、やってみたいよな」
アンコールくらいなら。アンコールくらいなら……いいか? コンヴァトの講師の方々にはプログラムだけで充分見てもらえるし、最後くらいは遊んだって。いやいや、落ち着け。ブランシュ。ブランシュの気持ちだから、大事なのは……やってくんないかなぁ……。
「でも幸せだね。ブランシュって。よりどりみどりだよ、好きな作曲家の曲一緒にできる環境。こんなに」
往来で手を広げてベルは開放感を演出。煌びやかな街の明かりがより引き立てる。誰を選んでもきっとそれは素敵な音が生まれて。




