326話
「なぁ、どう思う?」
そんな要領を得ない、曖昧な質問を投げかけたのはイリナ・カスタ。モンフェルナのピアノ専攻で日々腕を磨くピアニストの卵。
日が沈みかけたパリの街を歩く。雨が降ったり晴れたりの安定しない日々。濡れたアスファルトに車のライトが反射する。どこもかしこもクリスマスマーケットで浮き足立っているような、そんな幸福感のある街並み。柔らかな店の光と、笑い声を中心とした喧騒。まさにこの時季、という眩さ。
観光地でもあるパリは一年中なにかしらが原因で盛り上がってはいるが、それでもこのノエルと新年を迎える十二月から一月頭は特別なもの。財布の紐も緩くなり、各地のデパートではセールが行われる。
そして彼女と一緒に歩を進める少女が二人。
「ん? なにが?」
ベル・グランヴァル。
「イリナの言うことはいつも意味不明。こっちの身にもなって。それか一切喋らないで」
カルメン・テシエ。同じくピアノ専攻。みな学園指定の濃紺のコートに身を包み、少々寒さに震えながら足早に目的地まで歩く。
こいつはなんでいちいち癪に障るひと言を……! そんなピキピキとした怒りはひとまず抑えるイリナ。大人大人。あたしは大人だから。
「……ノエルのリサイタル。あたしらやるじゃん?」
話の中身は二一日から始まる、学園を代表したリサイタル。時間にして一時間少々。プログラムも自身で作る。アンコールはやってもやらなくても。プロになると一年後のリサイタルの曲目を選ばされることもある。一年後には違う曲を弾きたくなってるかもしれないのに。
自身は二四日。楽しみでしかないベルとしては、早く弾きたいとさえ。緊張はほぼない。
「やるやる。私はいつでもいけるよ! リストとパッヘルベル、得意だし」
好きだし。憧れるし。お祭りだし。




