319話
「……それは」
いいん、でしょうか? 魅力的であることはブランシュもわかっている。聴衆のノエルを祝うような。それはとても素敵なことで。温かな音と光と香りで。包むことができたら。
だが、そんな大勢の前で弾いたことなどない。それに、やはりプロの前での演奏など。緊張でまともにできる気もしない。そう考えると、ヴィズとの共演も怖くなってきた。よく考えたらこちらにもいるのだから。なんでイケる、とか思っちゃったんだろう。
目に見えてパニックになっているのがブリジットにもわかる。そんなつもり、じゃない。ただ、少しでもいいから一緒に。
「なにも全部、ってわけじゃなくていいの。聞いたよ、今度はショパンの『レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ』で香水作るって。アンコールでどう、かな?」
希望としてはもっとたくさん、だけど、お互いにとってそれはいい『音楽』であるべきで。そうなると、このくらいがちょうどいい。はず。
アンコールであれば、一か二曲程度。曲自体も短いので、ささっとできるし、聴衆としても変化があって面白いはず。それはブランシュにもわかる。が。
「それは……私としては、いいのかな、という……嫌とか、そういうのではない、のですが……」
ショパンのリサイタルといえばマズルカやポロネーズ、ワルツなどが多い。きっとプログラムもそうなっているのだろう。そこにアンコールで『遺作』。気には……なる。が、どうしても煮え切らない。
困らせてしまった。ハッとしつつ、ブリジットはその配慮を慮る。
「……うん、大丈夫。ブランシュの気持ちもわかる、から。大丈夫、ごめんね、なんか変なこと言っちゃって」
私のために言ってくれているのだろう。伝わってくる。ばか、相手のことを全然考えていなかった。
重苦しい空気。どうしよう。どうするべきか。涙目になってくるブランシュ。
「……いえ……とてもありがたい、のですが……」




