317話
その言葉。シンプルだがとても心に響く。安堵のため息をフォーヴは吐く。
「それはよかった。私は私で楽しませてもらっているよ。それにキミ達からの報告なんかも面白いね。まさか『詩人の恋』を弾き語りするような人物がいるとは」
残念ながらルカルトワイネにもそんな事ができる人物はいなかった。やろう、と思えばできるが、完成度など言うに及ばず、というのが正しいが。少なくとも、そのドイツからの少女ほどのものは生み出せない。
ドキッとニコルの身が強張る。まるで毒のある生物が眼前で飛び回っているような。いつでも刺せるぞ、と威嚇されているような。彼女との会話はそんな思い出。
「あー……あの人はね……なんつーか、地球外生命体。同じ人類として考えないほうがいい、たぶん……」
シシー・リーフェンシュタール。もう会うことはない、こともないかもしれない。怖い存在だが、味方となるとどこまでも頼りになる。香水作りで困ったら彼女に連絡すれば、なんらかの方法で解決してくれそう。いや、でもやっぱり……。
「ニコルがそこまで苦手意識を持つとはね。ぜひとも会ってみたいね。そしてよければ私のチェロと」
共演なんてどうだろうか。いつも太陽のようにあっけらかんとしているはずの人物を、ここまで怯えさせる人物。残念ながらフォーヴには興味が勝つ。
シシーのヤバいところ。それはニコルにもじっとりと肌に吸い付くように浸透している。
「……全部コピーされるわよ。見ただけで」
本人曰く「記憶には自信がある」そうだが、そんなものでは済まされないというくらいはわかる。覚えても指は動かないだろうし、歌だって。なのであれは宇宙人。高次元の生き物。
だがそんな情報はフォーヴにとってただの養分でしかない。自分が楽しむための。
「問題ない。弾き方がわかっても、同じチェロで弾こうと出せるのは自分の音だけだ。どのようにその曲を理解したのか。そこに違いは出てくる。逆に聴いてみたいくらいだ」
私をコピーしたその少女は。果たしてどんな音を奏でてくれるのか。きっとそれは、自分をさらなる高みへ連れて行ってくれるはず。新たな刺激が門を開く。
「……前々から思ってたけど、フォーヴって変わってるわね」
こんな寒空なのに。背筋に冷たいものが伝うのをニコルは感じ取った。ショパンに負けず劣らず?
変わり者。それはルカルトワイネでもよく言われるフォーヴだが、一応突っかかってはおく。
「自覚はしているけどね。キミに言われたくないよ」
さて。今回はどんな面白いことが展開されるのだろうか。また来るよショパン。そうして二人は暖を求めて近くのカフェへ向かった。




