312話
「でしょ? 才能ってやつだわ」
そんなこんなでマノンも調子に乗る。本気でドラム、やってみようかな。どこかで役に立つはず。他の楽器をやっていて、マイナスに作用することはほとんどないし。よりハーモニーを意識してヴァイオリンを弾ける。
細く、深くブランシュは息を吐く。ひとまずは形になった。たしかにクラシックとは終わったあとの脱力感とはまた違い、これはこれで。
「……あの」
「どうだい? ジャズは。たまにはいいものだろう」
もう一曲いっちゃう? そんな軽さでクロティルドは『アヴェ・マリア』を追加で弾き語る。まだまだ指は動きを求めている。気がする。
これをバーなどで演奏する。そういった未体験に挑戦するのも。今のブランシュには輝いて見える。
「……はい……! 初めてなので、ただがむしゃらに弾いただけ、ですが」
しかしバーとなるとかなり聴衆の視線が集まるような。今の香水作りの音楽は、大人数の前では弾かない。弾けない。たぶん、集まれば集まるほど緊張して、ちゃんとした演奏ができない気もする。
初めて。んー、と唇を突き出してマノンは自分なりのジャズ論を展開。
「ちょっと違うかな。ジャズは初めて、じゃなくって、ジャズは『全て初めてのように』弾くものだって。同じように繰り返してはいけない、わけでもないんだけど、ちょっとずつズラして、一度たりとも同じようにはしない。それがジャズなわけで」
赤子のように。まっさらな感覚で。心の感じるままに。
「全てが……初めて……」
上手くいった演奏をなぞるのでもなく。ダメだった演奏を反省するでもなく。ただひたすらに、自分に繋がれた鎖を解く。その心に落ちた一滴の水滴が。大きく波紋を広げていく。




