306話
それと比べれば、ヴァイオリンとフィドルはまだ近い、とブランシュは認識している。
「なるほど……私も少しだけしかフィドルをやったことがありませんが、ヴァイオリンも共通している部分ばかりですからね。音の切り方などの違いはありますが」
それは技術よりも意識の違い。見える光景の違い。人々を揺らすための。
サティ『ジムノペディ』。ゆっくりと苦しみを持って。先ほどとは違い、じっくりじっとりとしたピアノを演奏するクロティルド。
「だが最近はね。クラシックもジャズも民族音楽も。そんな垣根は自分達が勝手に作っているだけな気がしてしょうがない。楽器の音がみんなの耳まで泳いでいる、というのは共通だろう? グルーヴだよグルーヴ。終わったあとに『熱さ』や『衝撃』が残ればなんでも構わない」
弾きながら、そのまま会話を続ける。これくらいであれば指が勝手に弾いてくれる。重苦しい空気感を纏って。これはさすがにジャズでは弾けない。いや、待てよ。あえてやるのも面白いか?
そして、それはブランシュが悩みの種でもあったこと。一歩前に出る。
「……! それについてもっと、詳しく教えていただけませんか!?」
他の人の意見が欲しい。それがクラシック以外であれば、より遠い位置からであればなおさら。それがここにきた理由でもある。だが。
「それよりも——」
と、立ち上がったクロティルドは接近。観察。難しい顔をしている。
まわりをぐるぐると回られながら、ブランシュはその動きを追う。全体を舐め回すように。前から後ろから。横から斜めから。
「? えっと、どういう……」
なんだか恥ずかしい。人前に出るのも得意ではないのに。全方位から注目されているのは。なんだか。
観察終了。表情は崩さず、クロティルドは診断結果を発表。
「随分と細い。ちゃんと食べているかい? ジャズは体力を使う。世はブーティリシャスだよ」
なんたって、即興だけで一時間以上弾くこともある。クラシックにも長い曲はあるが、それよりも消費するエネルギーは半端ないもの。演奏する自分達も観客も汗を流して盛り上がるのだから。




