300話
みんないなくなったこの状況。うんうん、としみじみギャスパーはその曲を味わい尽くす。
「『ラヴェンダーの咲く庭で』。いいね、ヴァイオリンとはまた違う響き。音から香りが漂うみたいだ」
映画を思い出す。最後がね。またいいんだ、これ。切ないとか、嬉しいとか。なんかそういうのじゃない涙が溢れてくる。心に残る一作。ピアノもあるといいのだが、これはこれでいい。
テキパキと片付けながらオーロールは、この曲についての思い出を語る。
「好きだし得意な曲だからね。何度も弾いたよ。何度も。何度も」
あの子と。私達の繋がりは音ではなく香り。もしあの子がなにか、ホームシック的なアレになっちゃってたりしたら、きっとどこかで弾いてるんじゃないかな。
そしてそのヴァイオリン、もといハーディングフェーレの腕前。上手いかどうか、というのは人それぞれ感じ方が違うから、一般的な価値観などどうでもいい。ただ、少なくともギャスパーにおいて、今の演奏から願うこと。
「やはりキミがいてくれると助かるんだけどね。年寄りを助けると思ってさ、どう?」
手伝ってよ。そこまでは言わない。言わなくても伝わるから。
はは、と笑いながらオーロールはその場から離れようとする。どこかの木陰で休もう。寝よう。
「ジョーダンでしょ。メリットがない。遠くから見てるよん」
見てるぶんには面白い。それにベアトリス・ブーケが介入してくるのかどうか。そういうエンターテインメントとして。なんつーの、観測者? カッコよく言うと。
この子には、どんな強いエネルギーを向けても、ひらりと躱されてしまうことはギャスパーもわかっている。だから一度しか言わない。
「じゃ、最後にリクエスト。はい」
が、せっかく何時間もかけてここまで来たわけで。ならもう一曲だけ。聴かせてもらってもバチは当たらないだろう。小さな小瓶を手渡す。




