298話
その視線を受け流しながら、ニヤニヤとオーロールは足元に寄ってきた白い猫に触れる。彼女はなぜか、気づくと猫に囲まれている。探しに行かなくて助かる、この能力には感謝。
「猫がいいって言ったらね。私はこの子達に従うから。つまり私にはどうにもならないのデース」
全ては猫様のお導き。弾け、と命じられれば弾くし、一緒に寝ようと言われればここで今すぐに寝る。
顔を赤くしてムキになり、猫を抱き上げる少年。
「ほら、お願いして。ほらほら」
猫のつぶらな瞳を向け、なんとしてでも聴きたい少年。なんでだかわからないけど。あんまり弾いてくれないけど。彼女の音が好き。
う……と、渋い顔で受け止めるオーロール。本音を言えば、あんまり弾きたくない。が、猫の目はわりと。
「んー、だいぶ反則な気もするけど。ま、たまにはいっかー。少しだけね」
弾け、と言われている気がした。見つめられたのなら仕方ない。のらりくらり。伸びをしてストレッチ。いっちょやりますかー。
「やった」
小さく少年はガッツポーズ。猫を抱いたまま、数歩下がる。ドキドキと鼓動が猫に伝わる。ワクワク。どんな曲だろう。曲名はわかんないと思うけど。体全身で受け止める。それを持ち帰る。
なんていいタイミング、とギャスパーは心の中で少年を誉めた。
「珍しいね、キミがヴァイオリンを持ち歩いているなんて」
以前会った時も、パリに遊びに来た時も手ぶらだったのに。今日の星占いはきっと上位。彼女の演奏は今はもうほとんど聴けない。どうやらここではたまに弾いているようだけど。ふむふむ。さてさて。
眠そうな半目でオーロールはケースを開ける。ニヤリ、と怪しげな笑み。
「あぁ、これ? これはヴァイオリンじゃないんだな、実は」
そう言って取り出したもの。ヴァイオリン……と同じ形なのだが、それにしてはかなり華美な装飾。ヘッドの部分には龍のような生物の彫刻、表板や裏板にはロージングという技法で描かれた模様。その他にも貝や骨などが埋め込まれており、どこかより芸術品のような印象を受ける。
そしてなにより、最大の違いは弦。ヴァイオリンは四本張ってあるわけだが、これはさらにその下に五本の弾かない『共鳴弦』、合計九本の弦が存在する。そしてヴァイオリンのような金属弦ではなく、動物の腸を使用したガット弦。音色が違う。




