296話
南フランス、ヴァルボンヌ。彩り豊かな中世の雰囲気を感じる、小さく穏やかな村。広い道はあまりなく、石畳が敷き詰められ、静かな細い道に店が立ち並び、さらに通りに店のテーブルやイスなどが完全にはみ出ているが、それもまた絵になってしまう、不思議な魅力に包まれた村。
そんな道に面した家の玄関まわりには、香りのいいジャスミンやバラなどが壁を伝うようにインテリアされており、花、そして香りと切っても切れない関係。季節によって変わる様々な香りと暖かさに包まれている。
「ノエルに教会でリサイタルねぇ。よくもまぁあんな寒いとこで」
よく晴れた平日の昼間。細い路地にある、知人の家の前に置かれたベンチに腰掛けながら、グレーのチェスターコートに身を包んだオーロールがクスクスと笑い声を小さく。知人……というか、この村に住んでいる人々は全員と言っていいくらいに知っている。食事にも誘われる。だから半分は自分の家、みたいなもの。
そしてその横にどっしりと座り込んだ人物。あまり目立たないように、ダークな色合いのコートを着込んではいるが、逆に怪しさに拍車をかける老年の男性が、静かに制す。
「そう言わないの。風情、ってもんがあるんだから。ここでもあるんじゃない?」
ギャスパー・タルマ。世界に名を轟かせる調香師。数人に声をかければ、ひとりは自分の作り出した香水を使っている。たぶん。そんな人物。
話の話題はパリではそこらじゅうで行われる、教会クラシックのリサイタルやコンサート。かなり安価で参加できるので、観光客も地域住人もこぞって訪れる。モンフェルナ学園もピアノ専攻が五人、選出されている。そこにはコンセルヴァトワールの講師も聴きにくるとか。
講師に認められれば、音楽院もしくは違った形であっても、レッスンを受けることができる可能性が高くなる。そのため学園側も、腕のいい調律師に頼んでしっかりと教会のピアノを仕上げてもらっている。




