294話
なにやら前向きなのは、マノンとしてもありがたい。まだなにも詳細を話していないのに。だが肩に力を入れられても困る。ジャズなのだから。
「あー、大丈夫大丈夫。ブランシュはクラシック弾いてくれればいいから。まぁ、ちょっとはジャズに寄せてくれると助かるけど」
なによりも『楽しむ』音楽。弾く側も。聴く側も。それが根底にあるべき。
嫌な予感がひしひしと。だが同時にワクワク感も。とりあえずブランシュは話を進める。
「……? あの、一体——」
なにを。と言いかけたところで。
ポケットから携帯を取り出して、どこかへ電話をかけるマノン。もちろんクラシックのホールでは携帯は電源を切っておかなければならない。マナー違反。だが元々は個人練習。その辺はアバウト。
「あ、今平気? うん、面白い子。見つけた。連れてくわ。オッケー」
そして切る。満足したような顔つき。さてさて。どう料理してやろうかな。
またまた増す嫌な予感。これまでに何度か、ブランシュは同じような体験をしたことがある。そしてそういう時はだいたい、ニコル主導だった。つまり。
「もしかして、なんですけど」
察したか。そんな悪どい顔。一度決めたらならマノンはとことん悪に染まる。
「今から拉致する、ってのは嘘で。実はさ、会ってほしいヤツがいんだよね。オッケー?」
要するに実はちょっとだけ、普通科のヴァイオリニストというものについて気になっていた。ま、いつか会えたらね、程度にしか考えていなかったが、この偶然を逃す手はない。
「……」
提案されたブランシュは当然押し黙る。音。香水。少しずつ分離していく。まだ完全には自分の意図する域にはたどり着けていない。徐々に先ほど掴みかけた感触が薄れていく。早く、モノにしたい。




