281話
どうも暗い雰囲気になってしまった。ジェイドは空気と話題を変えてみる。
「誰かそういう人でもいるのかい? もしいるのなら手伝ってほしいよ。色々と仕事のほうが忙しくなってきてね」
彼女は七区のショコラトリーで働いているため、新作のアイディアがあるのならぜひとももらいたい。できないことはできないから、他人に頼ることになんの引け目もない。
ふぅ、とヴィズは息を吐く。色々な角度から。考えてみるのもいいのかもしれない。
「いや、いないけど。もし『レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ』をショコラにするとしたら、どんなものに仕上がるかしら」
香水ではなくショコラで。どうなるのだろう。単純な興味。
そうきたか。だがこの考える時間がジェイドには楽しい。
「そうだねぇ……あまり私はショパンとの関わりがないから、詳しく曲を読み込めているわけじゃないんだけど」
突飛なことだとはヴィズもわかっている。あっさりとした答えのほうが望ましい。
「そんなに深く考えなくていいわ。色々な絶望を味わっていた時期。そういうのがテーマだとしたら」
そもそもがショパンにとっての遺作はこの曲だけではない。むしろショパンの曲は半分が遺作。彼は遺言で、未発表のものは全て破棄するように残していたのだが、遺族の意向により出版されることに。友人でもある作曲家のフォンタナの手によって修正され、発表されたものが相当数ある。
その中でもこの曲は、特に音が少なくシンプル。だが、それゆえにショパンの想いがダイレクトに伝わってくるようで。
非常に有名な曲であるため、ジェイドもある程度のことは知っている。それを考慮してのショコラとは。
「ダークでビター……だと面白くないね。そういうものには真逆のものを当てはめてみたい。甘くフルーティー。だが、そうなるとなにをもってくるべきなんだろう。これは一考の余地がある」
恋や愛というものの複雑な絡み。そしてそれを包む箱は? 売るならばどうアピールしていく?
思っていたより本格的にのめり込む姿に圧倒されるヴィズ。
「いや、なんか、ごめんなさい。まさかそんな本気で考えてくれるとは。サラッとざっくりとした感想でよかったんだけど」
真面目。きっと本質的にそうなのだろう。もしかしたら将来的にものすごいショコラティエールになるのでは? そんな予感。




