280話
なんだか見透かされたような冷や汗。その中身をヴィズは探る。
「……音楽から?」
うん、と爽やかにジェイドは肯定。
「それも映画音楽だね。こちらのほうが、色々とストーリー性があって作りやすい。ショパンなら話題も豊富そうだ」
まわりを取り囲む人物達もキャラが濃い。それだけで一本ストーリーが作れそうなほどに。
「ショパンだと映画はいくつかあるけれども」
クラシックの偉人だけあって、ネタとしては豊富なのだろう。そうヴィズは認識している。
チャイコフスキーやモーツァルトなど、歴史に名を残す人物はネームバリューもあって観る側にも伝わりやすい。パガニーニに至っては、実際にデビューまでしているヴァイオリニストを起用して話題になった。
そしてその指摘通り、ショパンの半生を描いたもの。タイトルにショパンがつくもの。ショパンとの愛をメインに据えたもの。様々。その中でもジェイドが選んだもの。
「そうだね、やはり『楽聖ショパン』かな。何度も演奏される『英雄ポロネーズ』。もしくはリストと入れ替わって演奏した『スケルツォ 第二番』なんかも候補にあがるね。いやはや、どんなものになるか」
即興で考えるのも楽しい。自分なりの答えが降りてくる瞬間。そしてそれが成功であれ失敗であれ、勉強になるから無駄がない。
ふと、ヴィズにはある予感が脳裏をよぎる。
「……もしかしてあなたって、音を味にできるとか、その逆とか。そういうのができる人?」
ブランシュのように。本来ならこんなことは思いつかないんだろうけれども。あの子のことを念頭に置いていたら、疑いたくなってしまう。
この世界にはそういう人が一定数いて。もちろん相当低い確率なんだろうけれども、もしかしたら本人が気づいていないだけとか。あえて隠しているとか。なんてことあるのだろうか。
しかし、当然と言えば当然だが、一瞬キョトンと真顔になったジェイドは吹き出しながら否定。
「音を味に? まさか。そんな素敵なことはできないよ。音に色が見える、とかいう共感覚はたまにあると聞くけどね。わかっている。私はとてつもなく凡人だ。悲しいくらいに」
どこか誇らしげに。凡人だから、は長所。凡人だから。才能に縋らなくていい。
「……そんな卑下する必要もないと思うけど……ま、そうよね」
自分もどちらかと言えば凡のほうという自覚はヴィズにもある。非凡というのは、ベルのような人物のこと。いや、自分以外のピアニストの音はどれも輝いている気がする。なんだか今日は落ち込みやすい日なのかもしれない。




