28話
「……今、曲、違うのが……!」
まだ心臓がドキドキとしている。故郷の友人達と、ヴァイオリンとピアノで様々な曲を一緒に演奏したことはあったが、音楽科に通うほどの実力を持った人と演奏するのは初めてだった。うまくできたのか、迷惑をかけてないか、心配が勝つ。
弾き終わり、余韻に浸っているヴィズが少し上を向いて目を開く。息をひとつ吐き、
「驚いたわ。普通科にこれほどの子がいるなんて。ごめんなさい、少し意地悪しちゃって。バッハもリサイタルでやるのよ」
ほんの遊びのつもりだったが、本気でピアノを弾いた。ひとつ言えるのは、趣味でやっている、というレベルではないこと。もし他の曲もやってみたら、と心がザワついてしまった。
「……いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました。ありがとうございました」
握手を交わし、今度こそ出ていこう。と、手を離そうとした瞬間、
「で、あなたもリサイタル出ない? ヴァイオリンはダメとは書いてなかったし」
最近、握手すると妙な流れになる。
「え……リサイタルって、教会の、ですか?」
先ほど言っていた、ノエルの時期にやる学園主催の教会リサイタルだろうか。いやいや、音楽科ではないし、なによりそんな実力はない、とブランシュは考えている。
「そうよ。五日間でそれぞれの作曲家を弾くの。あたしは三日目」
「いや、たしか有料のリサイタルだったはずです! 私なんか混じったら、せっかくのみなさんのノエルを台無しに……」
橋の下で弾いていた時もそうだが、ブランシュは自身の演奏でお金を取るつもりは一切ない。プロではないし、目指しているわけでもない。そもそも調香師を目指してここまできた。
が、この流れを面白がる人はいる。ニコルだ。
「よかったじゃん、思いっきり弾けて。オッケーオッケー、好きに使って」
「助かるわ。なんか予定調和の演奏会って、劇薬を入れたくなるのよね」
場を取り仕切るニコルをマネージャーかなにかと思っているのか、ヴィズは日程を確認する。
二ヶ月以上も先だが、その日は空いてる、と同意となった。もちろん適当だ。ニコルは自分達のやるべきことより、面白い方を優先する。それに、これが遠回りになるとは思っていない。打算的な裏があった。
「いやいや、ダメですって! 私はそんな腕前ありませんし、たしかこのリサイタルって……」
ひとり必死に抵抗をするブランシュ。それには理由があった。
「コンヴァトの講師が聴きにくるわね。事前に腕前を確認するために」
プロを目指すのであれば、音楽院で学ぶことは登竜門となる。そしてフランスにおいて最高の音楽機関であるコンセルヴァトワール。その講師達へのアピールの場で、そんなことをしたら、ヴィズの未来がダメになるかもしれない。例え、彼女からの提案であっても、それだけは避けなければならない。
「勝手にヴァイオリンを追加なんてしたら……」
「まぁ、ダメでしょうね」
あっさりとヴィズは認める。
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