279話
このままコアなクラシック談義もいいが、それよりも先にヴィズには確認しておきたいものがある。手渡されたカップとソーサー。
「それで、このショコラショーは?」
そして中身はホットショコラ。そこにクリームを足したもの。ただショコラをミルクで溶かしただけだが、濃厚で冬のパリでは定番。かなり甘いが、むしろこれだからいい。
自身のぶんは壁沿いの机の上に。言われてジェイドもひと口。
「ショパン、と言っていただろう? だからショコラショーを淹れてみたんだ。彼は好んで飲んでいたそうだからね」
ショコラとミルクとスミレの砂糖漬け。これを好んでいた、とする記録もある。だが様々な味を楽しんでいた気がする。それほどまでにショコラショーはアレンジしがいのある飲み物。
ありがたくヴィズはいただく。喉元を過ぎると、感嘆のため息が漏れる。
「甘くて美味しい。ショパンが好きになるのもわかる」
毎朝飲んでいた、というが流石に朝はコーヒーがいいけども。たまに飲みたくなる。もしかしたらブリジットは毎朝飲んでいるかもしれない。形から入るタイプだし。
とはいえ、これが当時でも飲まれていたか、というとたぶんそうでないことはジェイドにもわかっている。わかりつつ飲む。
「彼の生きていた時代とは、全く味が違うかもしれない。激甘だったかもしれないし、苦かったかもしれない。そんなことを考えながら飲むのも、これまた一興だろ?」
レシピは残っているのだが、味についてはさすがに不明。きっとこんな感じだろう、という再現まではできるのだが、今とは原料が違ったり製法も違ったりするため、最終的には想像の域をでないわけで。だが、それがいい。それでいい。
これくらい裏表のない人物だと、ヴィズとしても色々と聞いてみたいことが自然と生まれてくる。現実離れしたことだろうと。
「……もし、ショパンでショコラを作れ、って言われたらジェイドはどんなショコラを作る?」
きっとそういうショコラは世界中にあって。なにかをモチーフにしたもの。ならこの子は。どんなものを形作るのだろう。
ショパン。実はそのショコラは実際にポーランドに存在する。お土産の定番。考えたことはなかったジェイドだが、即興で考えるのも楽しい。言うだけはタダだから。
「私は人そのものよりも、そこに紡がれる『音楽』。そこにスポットを当てたいね」
せっかくの面白いテーマ。遊べるだけ遊んでしまおう。




