271話
それでも。自信のあるサーシャは小さく耳打ちする。
「ギャスパー・タルマ。あの人が一枚噛んでいる、そんな気がするね。ほら、僕ってさ。香水とか詳しいじゃない?」
簡単なものであれば作れるほどに。ゆえにそれなりに知識はある。
「毒を仕込むくらいにはな」
そしてそのせいで一度シシーは危険な目に遭っているのも事実。思い出したくもない過去の話。
ま、そんなことは置いておいて。サーシャは話を戻す。
「そうそう。でさ。気づいちゃったんだよね。ギャスパー・タルマ。ブランシュ・カロー。どうも引っかかるよね」
これらの名前。ひとつ、可能性が生まれてくる。恐ろしく低いものかもしれないが、羅列してもいいもの。言うだけならタダ。
よくもまぁ、そんなポンポンと案が浮かぶ。その想像力をシシーは評価したいところ。
「話が飛躍しすぎだ。小説家にでもなるつもりか?」
「いいねそれ。印税でさ、一緒に暮らさない? 僕の知り合いもさ、呼んで。みんなで」
案外、そのアイディアを受け入れるサーシャ。読書も好きだし、自分なりの見解を持つのも。ありっちゃありかもしれない。ヒットすればお金も入るし。あればあるだけ困らない。
なにを言っても無駄だったか、と諦めのシシーはその後の発言も促す。
「それで? ここまできたら最後まで聞いてやる」
薄い微笑を携え、サーシャはラストスパート。考えられることの集大成。
「どういう因果か、ブランシュに香水の作製を依頼している。彼女はさ、きっとギャスパー・タルマが好きなんだよ。憧れ以上のものを抱いている。素敵に素敵だ。恋に歳の差なんて関係ない。『ラベンダーの咲く庭で』みたいにね」
ブンブンと大きく手を振りながら、元気よくサーシャは行進。姿だけ見れば、小さな子供がはしゃいでいるだけ。だがその中身は。悪巧みが好きで悪知恵の働く悪人。
おかしいと思っていた。『デパートのコスメの半分を支配する男』と呼ばれた調香師アルベルト・モリヤス。どのブランドの香水にも顔を出すほどの人物だが、彼はひとつの調香に数年、それも勘が鈍らないように週に数時間程度に収めたそう。それほどまでにひとつの香水を作り上げるのには時間と体力を要する。
それなのに、ほんの数日で、しかも本職の調香師でもないただのリセの少女が、テーマまで決めて作る? できるわけない。趣味にしては力が入りすぎている。だとすると、彼女が作っているのはあくまで参考程度。なにかテーマを出され、それについて音楽性のようなものを試験されている、と見るのが正しいはず。




