270話
たしかにそれは一理ある。が、言葉を交わして丸裸にした結果、サーシャはより追求してみることにした。
「将来は調香師になりたいって言ってたし、ありえることだね。でもさ、まるで誰かに依頼されているかのような気がしたんだよね。そして……試されている、みたいな」
「彼女はヴァイオリンの技術も相当なものだ。両方を組み合わせたものを生み出そう、という結論に至ってもおかしくはないんじゃないか?」
香水も好き。ヴァイオリンも好き。ならば合体させてみたら? 寝起きの脳が正常に働いていない状態で、ふと思いついてしまった。という可能性をシシーは示す。
そうやって混乱させようとする姿勢。サーシャは好き。
「シシーもわかってるんでしょ? とあるテーマに沿って香水を発売するM.O.Fがいることを。俳優とか。そういうのをイメージとして」
香水という文化はドイツでも根付いている。街を歩けば広告も視界に入るし、フランス国家職人章、通称『M.O.F』を持っている人物もドイツ人にいる。
ショコラティエやパティシエやフローリストなど、様々な職種で獲得することができるそれは、それぞれの基準を満たせば獲得できる技術者の証。特に、食に関する試験は厳しく、合格率が一パーセントに満たないことも。
その中でも調香師として世界でも最高峰の名声を手にした人物がいる。世界各国をまわり、後身の指導にも余念がない頂点。
どうやら深読みしすぎている。シシーは冷静に場を正す。
「ディオールでも『架空の理想の花』をテーマにした香水を発売したこともあった。よくある話だろう」
一九九九年に発売した『ジャドール』。瑞々しい花の香りを閉じ込めることに特化し、その後も脈々と改良がなされているウォーターベースのフレグランス。それを引き合いに出した。別に珍しい話でもない、と。
少しずつ。サーシャが核心に迫っていく。
「そういうのじゃないよ。個別に買えたりもするけど、何種類かをセットで。そういう売り方のほうさ。いるじゃないか、世界的に有名な人物が」
「さぁな。シャネルだってブルガリだってそういうのはあった。気にしすぎだ」
というか、どこのブランドもなにかしらイメージしているものがあって。そんなことをいちいち気にしていたら、結局堂々巡りになってしまうことをシシーはわかっている。否定に否定を重ねる。




