269話
お互いに先の先の先まで読む癖がある。なので会話のキャッチボールもこのように、一球から情報を多く読み取ろうとする。
よく言えば話が早い。悪く言えば話が早すぎる。やれやれ、と呆れ気味のシシー。
「……お前との会話は階段を二つも三つも吹き飛ばす」
例文の中の『嘘』という一単語に反応し、そこから瞬時に解まで力技で持っていかれる。やはりこいつは油断できないやつ。隙を見せれば思考を読まれる。
その反応からして正解だった模様。あとでコーヒーでも奢ってもらおう、とサーシャは画策。
「彼女。ブランシュ・カローだっけ。どこまでが本当で、どこまでが嘘だと思う?」
ここからはお互いに推理対決。正解? 知らない知らない。こうやって考えることが楽しいんだから。間違ってたらその時はその時。
二人で答えを擦り合わせるでもなく、ほとんど同じ結果にたどり着くだろうことは、なんとなくシシーも察知している。だから。あえて。相手を欺くゲームが突如始まる。
「もしくは全てが真実、という賭け方もある」
自分達の考えすぎ。あんな気弱で。嫋やかで。素敵な女性が。嘘なんてつくわけないじゃないか。なにもかもが、闇に堕ちた自分達の邪推。ありえないありえない。が。
「ないね。断言できるよ。まず、ブランシュ・カロー……なんて少女は存在しないんじゃないかな」
キッパリとサーシャは自信満々に否定。よくある話、とでも言うかのように揺れる体そのままに。
かなり鋭く切り込んできた。ならばあの時に触れた、香りを纏った少女は一体なんだったんだ? その記憶はシシーにも深く記憶に残っているのに。
「ほぅ。根拠は?」
見下ろしてくる強い眼光。それを受け止めつつサーシャは顔を近づける。
「それもないよ……と言いたいところだけど。クラシック曲をテーマに香水を作っている、って言ってたよね。そこに引っかかったんだ。なんかさ、趣味にしちゃ切羽詰まってるなって」
スモーキーな甘い香りがする。これはたしかガイアックウッド。聖なる木、パロサントの一種だったはず。花言葉はたしか……『夢の中』。
そうして香水の吟味されていることを不快に思いつつも、自分からはシシーは視線を外さない。焦りや戸惑いなど皆無。
「趣味でも本気になれば辛いことだってあるだろう。遊びで始めたチェスでも、本気で負けたら悔しいだろう? 辞めたくなったり誰かに八つ当たりしたり」
場合によってはヤケ酒なんてことも。少額の賭け事は国からも認められている。そこかしこのバーで、今この時間にもそんな人達はいるのだろう。




