267話
なんか変な地雷でも踏んだ? 焦るニコル。思い当たる節など当然ない。
「な、なに? だいぶ年月が経ってからだなとは思ったけど」
そりゃ四五は長いと思うけど。で? という感じ。それまで本人もまわりの人も。なにをやっていたんだとも思うけども。
沈黙のあと、しばらく息を止めていたヴィズだが、聞こえるくらいに大きく吐き出した。
「いい? 作曲されたのは一八三〇年。ショパンが二〇歳の時。出版は一八七五年」
「ふむ」
算数をすると、単純計算で彼が六五歳の時に出版されたことになる。というか二〇歳で曲作っちゃうとか。ヤバ。とりあえずそこまではニコルもわかる。だが。
「彼はここ、パリで亡くなったわ。一八四九年にね」
「……お? ん?」
ショパンの最期を淡々と述べるヴィズと……なんだか計算がおかしくなった気がして首を傾げるニコル。出版は一八七五年。でも一八四九年には……亡くなっている。てことは。
ヴィズが結論に至る。
「つまり」
「……つまり」
息を呑むニコル。
つまり。『レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ』は。
「別名『遺作』、よ」
言い終わったヴィズの目は。ブランシュを捉えた。
亡くなってから二六年後の出版。
そしてこの曲は。正式には。
ノクターン、ではない。偽りの夜想曲。




