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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
歩くような速さで。
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26話

 役に立てなくてごめんね、と沈黙の後、ヴィズは付け足す。


「い、いえ、こちらこそ。そうですか……やっぱりそういませんよね……」


 心のどこかでニコルと同じく、ひとりくらいは、音からなにかしらの……と考えていたため、ブランシュも少々落胆した。これで自分でやるしかなくなる。いや、最初からそのつもりではあったが。


「ちなみに『雨の歌』はどんな香りがすると思う?」


 参考までに、ニコルはヴィズに聞いてみる。なにか得られるものがあるかもしれない。


 さすがに今までにそんな質問をされたことがなかったのか、ヴィズも少々考え込む。一○秒ほど考えた後、顎に指を当てたまま、自信なく答えた。


「『雨の歌』……あたしはチョコレートみたいな、お菓子の甘い香り、かな」


 お菓子……思っていた答えのカテゴリからは、遠く離れたチョイスだった。不意をつかれ、ブランシュもたじろぐ。


「え? 悲しいけれども希望のある曲、ですよね? お菓子……ですか?」


 先ほどよりも自信を持ち、ヴィズは頷く。さらに熟考したが、お菓子の甘い香りで変わらなかった。


「元になった詩を知ってる? ブラームスの友人であるグロートが書いた。要約すると『雨が降って、裸足になって遊んだ、あの頃はなんて幸せだったのだろうか』っていうものなのよ」


「そういえば、詩があるって言ってたね」


 ブランシュの部屋で聞いた内容をニコルも思い出した。詳しくは聞いていなかったので、そんな中身なんだ、と勉強になる。明日になったら忘れるだろうけど。


 思い出すような遠い目でをしたヴィズが、エアでピアノを弾く。『雨の歌』なのだろう。体も揺らしてリズムを取っている。


「私にとってのあの頃ってなると、お菓子で焼いたチョコレートクッキーの香りなのよね。甘い、優しい香り」


 そう言われてみると、なにか引っかかるものがありそうな予感がブランシュにもしてきた。愛の歌でもあり、懐かしむ曲でもあるのだ。私の子供の頃はどうだったろう、と思い出してみる。花に囲まれた、グラースの日々。今のこの状況と照らし合わせてみると、遠くまで来たな、と感慨に耽った。


「うーん……人それぞれになっちゃうか……ま、とりあえず弾いてみますか」


 と、ニコルは、ヴィズとブランシュの肩を抱き寄せる。「こうなったらしょうがない」と、二人を舞台の上へ促す。


「あなたが弾くの?」


 寄せられたヴィズがニコルを見る。


「いや、こっちが。私はなにも。弾けそうな楽器募集中」


 強く、戸惑うブランシュの肩をバンバンと叩き、舞台の上へ。上げられた二人は目線を合わせて「どうする?」というようなアイコンタクトをする。


 ブルブルと、かぶりを振ってブランシュは否定した。


「迷惑になってしまいますよ。すみません、ありがとうございました。リサイタル、頑張ってください。ほら、行きますよ」


 仁王立ちするニコルの裾を引っ張り、ブランシュは舞台を降りようとする。さすがにいくらなんでも、そこまで迷惑はかけられない。練習の邪魔だけは避けようと、帰ろうとした時。


「『雨の歌』ね」


 音もなく自然にイスに座り、ヴィズがピアノを弾き始める。『雨の歌』。優しく、重く、儚い音色がホールに響く。

続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。

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