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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
歌うように。
257/369

257話

 翌日。授業のない土曜日ということもあり、学園内はいつものような賑わいもなく、ホールも練習を望む生徒がポツポツと予約を入れるのみ。


 誰もいない客席。一番前に座ったニコル。強い眼差しを向けるその先には、舞台の上のスタインウェイ。最高の音質と反響。


「……」


 もうすでに物事は終わった。隠れて聴いていたドイツリート。教えてくれたシシーにはバレていただろう。天井を見上げる。


「……広いなー」


 何人くらい入るんだろうこのホールは。クラシックに基本興味はない。だが、一ヶ月以上関わってみると、深さのようなものは感じた。ただ弾く、ただ歌うのではないのだなと。一音一音に意味があったのか。


「……ブランシュ……あんたやっぱり——」


「ここいいかな? ニコルさん」


 突然、隣の席に腰掛ける人物。シシー・リーフェンシュタール。


「うわッ!」


 飛び跳ねるように立ち上がるニコル。なにも感じ取れなかった。ニンジャ、そう、ニンジャでもあったのか? 分身とかできる?


 目をまん丸にしてシシーものけぞる。まさかこんなに面白い反応とは。口角が上がる。


「驚かせてすまないね。一応声はかけたつもりだったが、なにかに集中していたみたいで」


 たしかに色々考え込んでいたのはニコルにとって事実。なんだか気を使わせてしまったような気もする。


「あー……いや、こっちこそごめん。で、どうなったの?」


 どうなった、というのはあの子と香水。もう時間はない。


 うーん、と一瞬考え込むように天を見つめたシシー。が、それは彼女なりの茶目っ気。ポケットから透明なアトマイザーを取り出す。中には少量の液体。


「完成したようだ。トップにフリージアとダバナ、ミドルにアンジェリカルートとティアレフラワーとガーデニア、ラストにガイアックウッドとアンバーグリス。これが『詩人の恋』」


 そして手渡す。これにて自分の役割は終了。あとはキミ達次第。


 シューマンの恋。いや、詩人か。ともかくそれが時を超えてニコルの目の前に。


「これが……」


 今までの三つとはなんとなく違う。より苦しみ抜いた香水。握る手のひらに汗と力。


「春の花フリージアや、聖母マリアを思わせるアンジェリカルート、そして祈りのガイアックウッド。恋をして、失い、深い海へとその想いを捧げる。素敵だね」


 詩になぞらえて、簡潔に説明するシシー。時間が経つにつれて、切なさが駆け抜ける。アンバーグリスはマッコウクジラの内部に生じる結石で『灰色の琥珀』の異名を持つ。想いを全て棺に込め、海の深くへと葬り去る。水深千メートルまで潜るクジラのように。

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