255話
人々が寝静まった時間。ドアをノックする音が廊下に小さく響く。その部屋はシシー・リーフェンシュタールと、同じく留学生リディア・リュディガーのもの。それを叩く人物。
「……」
数秒後、ゆっくりと開いたドアから少女の顔がヒョコっと出てくる。そして艶のある笑みを浮かべた。
「……へぇ。やっぱすごいね、読みどおりだ。本当に来た。どうぞ、入って」
そしてその人物を中へ通す。パタン、と出口が閉まった。
「……」
その人物は無言のまま、間接照明の灯った部屋に向けて突き進む。間取りは自分の部屋と当然一緒。やっぱりどの部屋もそうなんだ、と虚な目で確認した。
壁に接した机。そしてそのイスに座って長い足を組みながら、まだ制服姿のシシーは出迎えた。
「やぁ。来たね。そろそろだと思っていたよ」
他人の思考と行動を操るのは得意。真っ直ぐな瞳と、その内部に闇を抱えているならさらに。
その者もそれに勘づいたが、ここまで来たのであればもう逃れられない。ドアが閉まった瞬間、退路はなくなった。いや、最初からそんなものはない。
「……」
まだ声は発せない。口内が渇いていく。緊張、喪失、色々と混じり合った唾液で満たす。今、自分はどんな顔をしているのだろう。わからない。どう見られているのだろう。それもわからない。
先ほどドアの応対をしてくれたリディアが、上のベッドに登って腰掛ける。彼女もまた、寝る時の格好ではない。外を出歩いてきたのか、私服のまま。
「話があるんでしょ? どうぞ。だいたいはわかっているみたいだけど」
滞留してしまった場。その流れを促す。彼女もまた、どこか楽しそうに。
「……」
それでもその人物は無言。まだ、決意と覚悟が足りない。どうすればいい。どうすればいい?
「どうした? 俺に用があって来たんだろう? 抱いてほしいのなら歓迎するよ」
受け止めるかのように、大きく胸を開いたシシー。彼女はそういったことに執着はない。姉妹校とはいえ、下級生が困っていたら相談に乗るのが上の者の務めである、そう疑わない。
初めて動揺のような素ぶりをその人物は見せた。
「……!」
本当に操りやすくて。可愛いね。シシーはさらに興味が出てきた。
「どうする?」
笑みがどこか小悪魔的で。蠱惑的。
たっぷりと間を置いたあと、その人物は脈動する心臓に後押しされ、ついにその上擦った声色を響かせた。
「……シシーさん、お願いがあります」
会話の中身。なんなのかはわかっている。だが。あえて。シシーは。
「聞こうか」
言葉にさせる。
だって。
そのほうが面白いでしょう?




