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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
歌うように。
254/369

254話

 しかし曲を知るルノーとしては、なんだか消化不良のような、胸がすかない思いを抱える。


「もう、いいのかい? あの曲はまだこれからだろう?」


 まだ恋の甘い部分しか。ここからがむしろシューマンらしさの真骨頂。


 その言葉の真意もわかっているが、元々はシシーとしても香水のために記憶しただけ。これ以上は意味がないと判断した。


「はい。ブランシュさんもなにか気になるところがあるようですし」


 すでに少しずつ日常を取り戻しつつあるデパート内。みな上機嫌に仕事に戻り、明日への活力となっている。


「……そうなのかい? キミはたしか一曲丸ごとで香水にすると」


 確認を取るルノー。それならそれでいいのだが、なんとなく心に引っかかる。これだけで本当にいいのか。まだここからなのに。


 その心遣いも嬉しい。慇懃にブランシュは礼を述べる。


「……大丈夫、です。本当にありがとうございます」


 もう一度振り返ってシシーはピアノを見据える。名残惜しいがこれで終わり。


「お気に召したかな? 俺のシューマン解釈が役に立ったのなら嬉しいね」


 空気がヒリつく。たぶん、専門的な人達が考察したら、この曲はもっと情熱的だったり打算的だったり、そういう意見があるのだろう。だが自分が感じたままの恋。これ以上のものは今はできない。結局は誰かの二番煎じ。


 充分に参考になる音楽。本人は未熟と思っているようだが、ブランシュにはそれすらも甘美な魅力。


「はい、シシーさんも本当にありがとう、ございます」


「どういたしまして。それじゃ、帰ろうか。夜も遅くなってきている。ニコルさんは……どこへ行ったんだろうね? ルノーさん、あとはお願いします」


 気づいたらひとりいない。が、あまり気にせずシシーはブランシュを連れて帰ろうとする。戻る場所は同じ、治安も心配。パリの夜はベルリンよりも悪いかもしれない。


 多少の違和感をまだ抱いているルノーだが、本人達がいいと言うなら拒否できない。音の感触としても非常に満足のいくものだった。


「あ、あぁ。こちらこそ試弾、助かったよ。歌も見事だった」


 クラシックに精通している人物からの褒め言葉はシンプルに嬉しい。シシーも意気揚々と帰宅の途につく。


「それはどうも。いい経験になりました」


 そのまま消えていく二人の背中を見つめるルノー。一気に現実に戻されたような。まだ自分のまわりだけが時間の流れが遅い。


「……天才、という言葉はあまり好きじゃないが、これは……」


 なにも言わずに時を刻む漆黒のピアノ。少しだけ、微笑んだような気がした。

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