249話
強烈な視線からシシーは圧力を感じた。自分よりもハラハラとしている、というのが伝わってくる。
「おやおや、演奏するのは俺だというのに」
本人は至って普段通り。朝起きてコーヒーを飲む時となんら変わりはない。さらに軽く再度試弾。ペダルも。
滑らかすぎる指の動きに冷や汗をかきつつも、ルノーは最終確認。
「どうだい? ある程度安定した温度管理の中にあったことで、調律の狂いなどは思ったよりも少なかった。ちゃんと鍵盤が使えるかというところを重点的に直したからね。そこは問題ないと思うけども」
だが、サロメやレダのような腕は自分にはないとわかっている。あの二人は特別。もうひとりのアルバイトの子にも、そのうち追い抜かれるだろう。それでもできる限りの自分なりの調律はできたと自負。
記憶しているホールの音。それとシシーは比べてみて感想を述べる。
「なるほど。音楽科のホールのピアノとはまた違う。あの輝くような音……よりも強くて骨のある音、というのかな。微妙だがたしかに差がある。ドイツ人はこっちのほうが好みかもですね」
「グロトリアンは弦を張る強さが、スタインウェイよりも強いからね。弦を張るチューニングピンが、そうなるような角度になっていることからも分かる通り、さっきも言ったような骨のある音を生み出しているんだ」
極限まで自分達にとっての最高の音を追求したメーカー、グロトリアン。そこにルノーは敬意を表している。
そんな世界もあるのか。ベルリンに戻ってからも少し勉強してみようか、とシシーは画策する。
「面白いです、もっと聞いていたいくらいに。ですが、最高のピアノがあるわけですし、やりましょうか」
待っている人もいるし。自分自身も待ちきれない。
そこにニコルの応援が混じる。
「楽しむんだよー」
気楽に。リラックスして。ミスっても死なないんだから。
クスッと笑い、息を整えるシシー。指を鍵盤に置く。
「承知した。頑張るよ」
言われなくても、楽しみしかない。




