246話
緻密な計算によってピアノの鍵盤から奏でられる音が、その裏でヴァイオリンの波形と似るように製造されているとしたら? 響板が、その他部品がヴァイオリンのノコギリ波形に近づくように設計されたとしたら? もしかしたら完全に偶然の産物かもしれないが。
それでももし、なにかそういう遊び心があるとしたら、このメーカーであれば可能性はある、とルノーは頷く。
「かもね。ここは紆余曲折あったメーカーだから、数台は世界にそういうのがあってもおかしくはない。かなり特徴のあるとこだから。音の狂いを低減するブレーシングというものや、黒鍵の形状が違うものもある。本当に謎の多いメーカーだよ」
ある意味で癖が強いが、ハマる人には最高の音を提供してくれる。コンクールには向いていないかもしれないが。
そうなると、ひとつ案がイリナに浮かんでくる。歌曲。関わることができない分野、だがこのピアノならもしかして。
「……シシーにここでやってもらうか……もしかしたらブランシュにも……」
普通のピアノでやるよりも、聞き慣れた音としてイメージが降りてくるのでは。それがほんの僅かだとしても。もしそうなのであれば。
概ねヴィズも同意しつつも、現実的ではないと判断を下す。
「アリ……と言いたいけど、果たしていつやるつもり? 他のお客や店員などの騒音が密集してるところで満足のいくものができるか……」
よくわからないが、音と香り。静かな世界でなければダメなような。ガヤガヤとした中では集中力も保つのだろうか。
そこにルノーがこのあとの流れについて話す。
「今日はこのまま調律していくけど、閉店後までかかるよ。もしそれでその子達が大丈夫であれば、試弾も含めてひっそりとした中でできるかもね。警備員とか店員くらいしかいないだろうし」
おそらく二二時頃。充分遅い時間だ。あまりパリの街を女の子だけで歩いていい時間でもない。オススメはしないが。
なんとかなりそうな雰囲気。イリナも頷く。
「それなら……いけるんじゃ?」
とはいえ懸念材料はある。寮は夜間の外出は禁止。ヴィズは少し悩んで否定的な意見。
「でも彼女達は寮よ。一体どうやって——」
「ニコルがなんとかするって。伝えたら連絡ついた」
規則破りなら彼女、と携帯を持ったベルがすでに確認済み。秘密の抜け道があるらしいことは聞いていた。
意気揚々と悪事を働こうとする同級生達にヴィズも辟易とする。
「……行動が早いわね……」
なんにせよ、これで舞台は整った。のだろうか? わからないが、やれるだけのことをやったつもりで、あとのことは任せることにした。




