242話
ヨーロッパに数あるストリートピアノだが、インスタレーション・アーティスト、つまり空間をデザインする人物が置く場合が多々ある。そのピアノはデパートの管轄となるのだが、見世物としての意味合いが強いため、しっかりと調律を行われることはほとんどない。
社長と聞いて、過去を思い出すイリナ。助けてもらった感謝はあるが、初対面時は突然話しかけてきた変な人という印象しかない。
「あー、あのオッサン……」
いや、感謝は。してるんだけどね。
勝手に物事を決めてしまったが、冷静にカルメンは状況を把握。
「でもまだ弾きたい人もいるかもだけどいいのかな。ほら、SNSとか。配信とか」
タイミング悪く来てしまったら申し訳ない。誰かが謝ろう。いや、定期的に調律していないここのデパートが悪いのでは? やっぱ謝るのやめよう。
一理ある。だがヴィズには考えもある。ピアノを裏側から知ることも、見慣れない人からしたら面白いのでは。
「調律しているところなんてあまり見る機会もないし、それはそれでいいんじゃない? 私なら楽しみ」
となると今日の目的。来月のリサイタルについてなど、色々と話したいこともあったわけだが、ベルがみなの顔を見る。
「カフェ……どうしよっか……」
なんだか自分のせいでややこしいことになってしまった気がしてならない。焦りにも近い申し訳なさ。
しかしその予定で、明確な到達点があったわけでもなかった。こんな日もある。切り替えたヴィズは音頭を取る。
「ま、たまにはいいんじゃない? 構造から勉強するのも」
より深くピアノを『知ること』、そして『識ること』。それがいつか身を結ぶこともあるだろう。
だが一方で不満を持つ者も。勝ちを確信していたカルメン。
「ショパン」
「調律が終わったらな。今日は無理だろ」
少し安堵の色を見せつつ、イリナは音の鳴らない鍵盤を優しく打った。




